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2008年3月28日 (金)

理事長を去るにあたって

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理事長を去るにあたって
                                                               佐藤幸治
 「平成11(1999)年の司法制度改革審議会設置法は、「21世紀の我が国社会において司法が果たすべき役割を明らかにし、国民がより利用しやすい司法制度の実現、国民の司法制度への関与、法曹の在り方とその機能の充実強化その他の司法制度の改革と基盤の整備に関し必要な基本的施策について調査審議する」と定めた。審議会はその趣旨に沿って調査審議を行い、従来国民から縁遠く高嶺の花であった司法を、国民の身近にあって頼りがいのある「国民の司法」に改めるべく、それに必要な様々な提言を行った。政府はこの提言を「国家的戦略」と位置付けてその実現に懸命に取り組み、そして国会は濃密な審議を通じてほぼ全会一致で改革に必要な24件の法律を成立させた。ここに司法制度改革は国民的総意となった。」
 と佐藤教授は述べています。「縁遠く高嶺の花であった司法を国民の司法に改めるべく必要な提言を行い、政府がその提言を国家戦略と位置付けてその実現に懸命に取組んだ」のだそうです。バカを言ってはいけません。裁判所所管歳出予算は2000年3186億円が2007年3300億円に微増しただけ、国家予算に占める裁判所予算の割合は2000年0,375%が2007年0,399%とほとんど変わらず、検察庁予算は2000年1055億円が2007年1048億円に減少する始末です。法律扶助事業費補助金は2000年21億円が2007年24億円とほとんど増えず、日本司法支援センター運営交付金は僅かに102億円です。これで国民の司法に改めるため国家戦略として取組んでいるなどと言えるのでしょうか。ちなみに漁船を撃沈したイージス艦は1隻1500億円です。
 佐藤教授は、続けて「この司法制度改革の成否は、制度の運用に直接携わる質量とも豊かな人材(法曹)の確保にかかっているといっても過言ではない。法科大学院は、新しい法曹養成制度の「基幹的な高度専門教育機関」(審議会意見書)として、平成16(2004)年に始まった。その目的は、理論的教育と実務的教育を架橋するものとして、公平性、開放性、多様性を旨としつつ、法科大学院の教育理念の実現に努め、法律専門家として社会に貢献できる多様で有能な法曹を数多く世に送り出すことであった。多くの有為の人々がこの目的に共感して法科大学院に入学し、教員は入学者と社会の期待に応えるべく試行錯誤を重ねながら新しい法曹養成教育に取り組んできた。法科大学院は、真摯に法を学ぶ場となり、修了者の一期生はすでに実務に就いている。法学以外の分野から転身し、法科大学院を経て司法修習生となった者も多い。法科大学院教員は、法曹養成制度の改革が、日本の社会の為に正しい選択であったと実感している。」と述べています。
 公平性、開放性、多様性などとよく言えたものです。法科大学院を3年で卒業するには生活費を最小限に抑えても1000万円もかかるのです。金持ちの師弟か、多額の借金を負うことなしには司法試験の受験資格すら得られない制度のどこが公平で開放的なのでしょうか。以前は誰でも自由に受験できたので、お金のない人でも働きながら勉強して合格したできたのです。正に公平で開放性のある制度でした。理論的教育と実務的教育を架橋するなどと言いますが、法科大学院ができたために司法研修は1年に短縮されました。かつての前期修習終了時点での能力は法科大学院によって身につけるとの前提があったからです。しかし実態は法科大学院では起訴状は一度も起案していない、卒業生の30%は民事の訴状すら一度も起案していないのです。そんな状態で実務修習を行ったところで効果があるとは思えません。法科大学院教員は法曹養成制度の改革が日本の社会のために正しい選択であったと実感しているそうですが、法律実務家は全くそうは考えていません。
 佐藤教授は、続けて「そのような中にあって、近時、法曹人口の増員計画にブレーキをかけ、新司法試験合格者の数を当初の予定より減らすべきであるという主張が登場していることに、私たちは強い憂慮の念を抱くものである。法曹人口の増員が弁護士の競争の激化をもたらし、それに不安を覚えている人々がいることは十分に理解できるところであるが、今ここで増員計画を変更することは、困難を覚悟して法律家を目指して挑戦を始めた人々の信頼を損ねるだけでなく、「国民の司法」を確立するという国民的総意となった司法制度改革そのものを未完のままに終わらせることになるものと危惧される。」と宣います。
 しかし「今ここで増員計画を変更することは、困難を覚悟して法律家を目指して挑戦を始めた人々の信頼を損ねる」と言いますが、彼らは「就職難」まで覚悟して法科大学院に入ったわけではありません。ところが現実は2100名の合格者の水準ですら就職が困難な状況に立ち至っているのです。また増員見直しの実施時期については3年後からとすることも可能なのであって既に入学した者の信頼を損ねることは避けられます。「国民の司法を確立するという国民的総意となった司法制度改革そのものを未完のままに終わらせる」と大仰なことを言うが、そんな総意がなかったことは既に述べた予算の推移を見れば明らかでしょう。政府の本音は財界の意を受けた安くて従順で使いやすい弁護士の乱造と人権擁護を中核とする弁護士会の解体以外の何ものでもありません。
 さらに佐藤教授は、「将来の法曹の数を決めるのは、既存の法曹でも法科大学院関係者でもなく、司法制度を利用する国民である。日本の社会が、より多くの、より多様な、そしてより有能な法曹実務家を求めていると考える。そしてそれは、グローバル化の進展する国際社会において日本がどのように生存を図るかという「国家的戦略」にも深くかかわっていることを忘れてはならない。各法科大学院は自己に対する厳しい批判を謙虚に受けとめ、法科大学院に付託された使命を不断に想起しつつ、教育の方法および内容の向上に向けてさらなる努力を続けられんことを願うものである」と結論づけます。
 将来の法曹の数を決めるのは国民であるというのはそのとおりです。しかし日本の社会がより多くの法曹実務家を求めていると考えるとの点はあなたが考えることではなく、国民の需要をきちんと検証した上で国民が決めることです。そして現在現れているあらゆる指標は需要は伸びないというものです。法曹の需要とは不幸な人々のことです。問題を抱えていない人は法曹などに頼みません。需要が伸びないのは日本の社会が健全性を失っていない証左でありむしろ喜ばしいことなのです。どうしてこうまで無理矢理法曹人口を増やそうというのかその意図が分かりません。「グローバル化の伸展する国際社会において日本が生存を図るかという国家戦略にも深く関わる」とまでおっしゃいますが、法曹人口を激増させないと日本は国際社会における生存が危ういのでしょうか。どのような論理なのか全く理解できません。そんなことを言う国民がいるのでしょうか。また法曹人口は国民が決めると言いながらどうして突然「国家戦略」が出てくるのでしょうか。国民が決めるというのは、増員論者も国民の需要が決定するという意味で用いているのであって、国家戦略などという大上段に振りかぶった議論をするのは聞いたことがありません。
 佐藤教授は弁護士登録して過疎地に赴くのでしょうか。そうでなければ言行不一致というものでしょう。
 
 

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