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2009年5月の4件の記事

2009年5月29日 (金)

ニュースのはてな | 2008/03/10 医療安全調査委員会【NHK長野放送局】

リンク: 医療安全調査委員会【NHK長野放送局】.

2008/03/10 「医療安全調査委員会」
1 少し古い記事だが現在検討されている医療安全委員会構想について分かりやすく書いてあります。
 実は私はこの構想には懐疑的です。この構想は死因や事故原因の究明が目的とされているようですが、元々の発想は、異常死について警察に届け出義務のある現在の制度では、異常死の捉え方や警察の姿勢いかんでは医療過誤の刑事事件化が進みかねない。そこで医療安全調査委員会を作ってそこに届け出させ、調査を行った上で一定の要件を満たすものについて委員会から警察に届け出るという方式に変えようという構想のようです。私は基本的に医療過誤の刑事事件化には反対なので、その意味ではこのような構想は理解できます。しかし、医療過誤被害者の救済という観点からは次に述べるような重大な懸念があります。
2 まず調査の範囲についてですが、この構想では死亡事故しか調査対象とされません。しかし、重度の後遺症を残した方、特に分娩事故で脳性麻痺の後遺症を残した事案が調査の対象外というのでは被害者救済という意味では極めて不十分です。
3 次に委員の構成が医療従事者偏重となっていることの問題性です。構想では病理医1~2名、臨床医5名位、法律家その他の有識者1~2名のようです。ところで、調査に当たっては当該医療行為を行った医療従事者から事情を聴取するわけですが、民事裁判での証人尋問と異なり、おそらく医療従事者の言い分はよほど不合理でない限りそのような事実があったという前提で検討が進められると思われます。つまりカルテに書いてなくとも調査の段階で「実際にはこういうことをした」、「患者の状態はこうであった」と医療従事者が言えば事実認定の専門化でない医療従事者の委員はそれを前提にしてしまうと思われます。
 また医療事故の原因を究明するには、不適切な医療行為があったかどうかだけではなく、そのことと死亡との因果関係が問われることになります。しかし特に不作為型の医療事故の場合(医師がなすべき医療行為をしなかった場合)には、なすべき医療行為がなされていれば死亡を回避できたかが問題とされます。しかし実際には行われてない仮定の問題ですから、純粋に医学的に証明することは極めて困難です。そうなると不作為型(医療過誤のかなりの部分を占めます)の場合には「不適切な医療行為がなされたが、そのことと死亡との因果関係は明らかではない」という報告書が多数を占めることになりかねません。
 しかし専門的知見を当てはめる前提事実の取捨選択に誤りがあるなら正しい結論は導けないし、また因果関係の認定は医学的知見を基礎としながらも通常人の経験則によって判断されるべきものです。ですから医療従事者だけでは正しい結論を導けるとは限りません。むしろ医師の裁量や治療効果の不確実性が重視されることが危惧されます。
 ところがこのような公的な委員会ができれば、その報告書は民事裁判において絶大な証拠価値を持つことになります。病理解剖の上専門家である調査委員が合議の上下した結論だということになれば、それに反する判決はおそらく書けないでしょう。そうなると、結局現在の民事訴訟による救済よりも被害者救済が後退することになりかねません。もちろん調査では死因や事故の原因についての医学的な解明が求められるのですから、医療従事者が委員会の中心になることは当然です。しかし既に述べた理由から、医療について専門性を持った複数の法律専門家が委員として加わることが不可欠です。
4 次に法律家その他の有識者1~2名のその中身が問題です。私の予想ではおそらく元裁判官、元検察官、法学部の大学教授が多数委員として選任されると思われます。しかしそれでは意味がありません。医療事故は特殊な分野であり単に法律家や有識者であれば誰でも適切な意見を言えるというものではありません。実際に患者側、医療機関側で多数の事件を経験している弁護士でなければ医師である他の委員と対等の議論などできるはずがありません(経験のある弁護士であっても難しいことですが)。
 ですから委員には必ず患者側、医療機関側それぞれ1名ずつ経験ある弁護士が参加する体制にするべきです。その際は適任者を得るために弁護士会に推薦を求めるべきでしょう。
5 次に一定の場合に警察への届け出を義務づけている点も問題です。私は医療過誤に刑事免責を与えよとまでは言いませんが、医療行為は常に人の生死と隣り合わせで行われるものであり、刑事責任の追及は謙抑的でなければならないと思っています。全く無経験の治療を指導を受けずに行った場合とか、一般に承認されていない実験的治療を患者の承諾なく行った場合とか、診察可能なのに故意に長時間放置した場合など、よほど極端な場合を除き刑事責任は問うべきでないと思います。その意味では現在の医師法が定める異常死についての届け出義務も再検討されるべきです。
6 さらにこの構想では国立大学法人などに調査を委託できるとされていますが、論外です。委員は必ず別々の大学ないし医療機関から選任されるべきです。
7 以上のようにこの構想は運用いかんでは医療過誤の免罪符になりうるものであり、委員の構成や運営方法についてよほど詰めた議論をする必要があります。
 現在特的機能病院の場合には死亡事故に限らず医療事故が発生した場合に院内に調査委員会を作って検討・報告することが義務づけられています。この調査委員会に弁護士会推薦の医療機関側、患者側弁護士1名づつを必ず加え、かつ委員の過半数を他の医療機関から選任するようするだけでかなり実効的な医療事故調査体制ができると思います。新たに医療安全調査委員会を作るのがよいのか、それとも現在の院内医療事故調査委員会の抜本的改善を図る方がよいのか慎重に見極める必要があると思います。

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2009年5月28日 (木)

講演とシンポジウム「なぜ病院は事故を隠したのか」

 6月26日(金)午後6時から8時まで、仙台弁護士会館4階ホールにて、仙台医療問題研究会主催の講演とシンポジウムが行われます。テーマは「なぜ病院は事故を隠したのか」で都立広尾病院事件(点滴薬の取り違えで入院患者が死亡した事件)の被害者の夫である、永井裕之さんに講演したいただきます。現在立法化が検討されている第三者機関による医療事故調査委員会についても議論します。予約不要・参加無料ですので是非ご参加下さい。

2009年5月21日 (木)

鑑定一本主義

 私が弁護士になった18年前の医療過誤訴訟は鑑定一本主義であった。ろくに争点整理も行わず、なんとなく五月雨式に医師や看護師の尋問をやって、あとは裁判所が鑑定人を選任して、出てきた鑑定書をなぞった判決がなされるのが普通であったように思う。すべては鑑定人次第で、言いすぎかもしれないが賭をしているような感じであった。もちろん公正な鑑定をしてくれる鑑定人が多いが、やはり医療機関側を擁護する偏頗な内容の鑑定をする方も少なくなかった。また鑑定人の選任には時間がかかるし、選任してから鑑定書が作成されるまでに半年以上かかるのは普通のことで医療過誤訴訟は遅延が著しかった。
 その後訴訟遅延を改善するため民事訴訟法が改正され、それに伴って医療過誤訴訟の実務では争点整理がすむまでは証拠調べに入らないこと、診療経過一覧と争点整理表を作成すること、証拠調べは陳述書の活用を前提に1期日で主尋問反対尋問を終える集中証拠調べ方式が徹底されるようになった。また医療訴訟を特定の裁判体に集中させる医療集中部が主要な地裁に設置され、裁判所の一定の専門化も進んだ。短期間で集中証拠調べを行うには当然事前の争点整理が重要になる。そこで医療集中部では文献的裏づけのない主張は撤回を迫られ、従来行われていたような五月雨的に考え付く限りの主張をすることなどは許されなくなった。その結果代理人は自己の主張を裏付ける文献の収集・提出に重点を置くことになり、裁判所も争点整理の段階できちんと提出された医学文献を読み込み、理解したうえで尋問に臨むようになった。
 そうなると、被告側医師に対する尋問は訴訟の帰趨を決する重要性を持つようになる。カルテの記載と医学文献を元に反対尋問で被告の主張の誤りや矛盾を浮き彫りにできれば格段に有利な立場に立つことができるようになった。逆に言えば反対尋問で被告の主張を崩せなければ勝訴は望みがたいということである。
 その結果鑑定の実施件数は激減した。今では鑑定の実施率は1割程度に過ぎない(仙台地裁ではもっと少ない)。鑑定が行われるのは、医学文献を精査しても、医師の尋問を実施してもどうしても裁判所が心証を取れない場合に限定されるようになった。もっともこの点は原告被告双方とも自らが専門家に依頼して作成してもらう私的鑑定書を提出するようになったことも大きく影響している。最近は徐々にではあるが患者側の依頼を受けてくれる医師も増えてきたのでお互いに私的鑑定書をぶつけあうことが少なくない。裁判所から積極的に私的鑑定書は提出しないのかと聞かれることもある。双方が提出する医学文献、私的鑑定書、医師尋問の結果を総合して裁判所が自ら判断するというのが現時点のあるべき医療過誤訴訟の審理方式であろう。もっとも私的鑑定書については患者側からはどうしても出せない場合が少なくないし、現在はほとんどの疾患について学会ないしそれに準じる団体が作成した診療ガイドラインが作られているので私的鑑定書は必ずしも必要なものではない。
 現在は患者側、病院側共に代理人の専門化が進んでいる。そしてある程度経験のある代理人は鑑定の持つ絶大な証拠価値を知っているし、時としてとんでもない内容の鑑定がなされることを知っている。だから、患者側医療機関側を問わず、代理人としては運を天に任せることになる鑑定申請はしたくないものである。私が鑑定を申請するのは形勢不利で逆転を狙う場合か、文献のみでは医学的知見が明らかでなく私的鑑定を出す必要があると思われるがどうしても出せない場合に限られる。
 常に公正中立かつ優秀な鑑定人が選任される保障があるのであれば鑑定一本主義も結構だがそのような保障がないことは正に今までの経験則である。同じことは専門委員制度についても言える。仙台地裁では医療過誤訴訟で専門委員の活用は進んでいないようだが、いままで積み重ねてきた鑑定一本主義からの脱却の努力を無にしないようにしなければならないと思う。

 

 

 

2009年5月20日 (水)

久々にホームページを更新

 最近仙台弁護士会の会員でホームページを開設する人が増えている。弁護士もようやく情報発信の必要性に目覚めたということでしょうか。私が初めて作ったときは1、2件しかなかった。この時は私もワードの付録で作ったので更新のやり方が面倒で4、5年放置してしまった。2年前にリニューアルした時はホームページビルダーを使ったので作りやすかったが、やはり一度作ってしまうと更新が億劫で放置してしまった。依頼者の人は結構自分が依頼している弁護士のホームページを見ているようで、先生のホームページ見てますよとよく言われます。この間は先生は警察が嫌いなんですよねと言われてしまった。ネットで検索すると警察の裏金問題に取り組んだ記事が多かったからだろうか。結構見られているようなので今回再度リニューアルしてみました。でも下手にスタイリッシュエフェクトを使ったのでなんか思うようにならない。
 それにしても大都市の弁護士のホームページは過払いクレサラの勧誘がほとんどです。テレビやラジオでも弁護士の広告が増えているがいずれも同じようです。過払いバブルとはよくいったものです。クレサラ被害にあっている方のためにはなるのでしょうが何か以前のサラ金の広告みたいでこれでいいのかなあと思ってしまいます。ただ弁護士が情報を発信するのは必要なことなので、今後は私の専門分野である医療事故について感じていることをブログに書いていこうと思っています。

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