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2009年5月21日 (木)

鑑定一本主義

 私が弁護士になった18年前の医療過誤訴訟は鑑定一本主義であった。ろくに争点整理も行わず、なんとなく五月雨式に医師や看護師の尋問をやって、あとは裁判所が鑑定人を選任して、出てきた鑑定書をなぞった判決がなされるのが普通であったように思う。すべては鑑定人次第で、言いすぎかもしれないが賭をしているような感じであった。もちろん公正な鑑定をしてくれる鑑定人が多いが、やはり医療機関側を擁護する偏頗な内容の鑑定をする方も少なくなかった。また鑑定人の選任には時間がかかるし、選任してから鑑定書が作成されるまでに半年以上かかるのは普通のことで医療過誤訴訟は遅延が著しかった。
 その後訴訟遅延を改善するため民事訴訟法が改正され、それに伴って医療過誤訴訟の実務では争点整理がすむまでは証拠調べに入らないこと、診療経過一覧と争点整理表を作成すること、証拠調べは陳述書の活用を前提に1期日で主尋問反対尋問を終える集中証拠調べ方式が徹底されるようになった。また医療訴訟を特定の裁判体に集中させる医療集中部が主要な地裁に設置され、裁判所の一定の専門化も進んだ。短期間で集中証拠調べを行うには当然事前の争点整理が重要になる。そこで医療集中部では文献的裏づけのない主張は撤回を迫られ、従来行われていたような五月雨的に考え付く限りの主張をすることなどは許されなくなった。その結果代理人は自己の主張を裏付ける文献の収集・提出に重点を置くことになり、裁判所も争点整理の段階できちんと提出された医学文献を読み込み、理解したうえで尋問に臨むようになった。
 そうなると、被告側医師に対する尋問は訴訟の帰趨を決する重要性を持つようになる。カルテの記載と医学文献を元に反対尋問で被告の主張の誤りや矛盾を浮き彫りにできれば格段に有利な立場に立つことができるようになった。逆に言えば反対尋問で被告の主張を崩せなければ勝訴は望みがたいということである。
 その結果鑑定の実施件数は激減した。今では鑑定の実施率は1割程度に過ぎない(仙台地裁ではもっと少ない)。鑑定が行われるのは、医学文献を精査しても、医師の尋問を実施してもどうしても裁判所が心証を取れない場合に限定されるようになった。もっともこの点は原告被告双方とも自らが専門家に依頼して作成してもらう私的鑑定書を提出するようになったことも大きく影響している。最近は徐々にではあるが患者側の依頼を受けてくれる医師も増えてきたのでお互いに私的鑑定書をぶつけあうことが少なくない。裁判所から積極的に私的鑑定書は提出しないのかと聞かれることもある。双方が提出する医学文献、私的鑑定書、医師尋問の結果を総合して裁判所が自ら判断するというのが現時点のあるべき医療過誤訴訟の審理方式であろう。もっとも私的鑑定書については患者側からはどうしても出せない場合が少なくないし、現在はほとんどの疾患について学会ないしそれに準じる団体が作成した診療ガイドラインが作られているので私的鑑定書は必ずしも必要なものではない。
 現在は患者側、病院側共に代理人の専門化が進んでいる。そしてある程度経験のある代理人は鑑定の持つ絶大な証拠価値を知っているし、時としてとんでもない内容の鑑定がなされることを知っている。だから、患者側医療機関側を問わず、代理人としては運を天に任せることになる鑑定申請はしたくないものである。私が鑑定を申請するのは形勢不利で逆転を狙う場合か、文献のみでは医学的知見が明らかでなく私的鑑定を出す必要があると思われるがどうしても出せない場合に限られる。
 常に公正中立かつ優秀な鑑定人が選任される保障があるのであれば鑑定一本主義も結構だがそのような保障がないことは正に今までの経験則である。同じことは専門委員制度についても言える。仙台地裁では医療過誤訴訟で専門委員の活用は進んでいないようだが、いままで積み重ねてきた鑑定一本主義からの脱却の努力を無にしないようにしなければならないと思う。

 

 

 

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