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2009年9月の7件の記事

2009年9月29日 (火)

日弁連中小企業法律支援センター構想

  日弁連が中小企業法律支援センター(ひまわり中小企業センター)を作るそうだ。一般会員には何のことかよく分からないが、10月には日弁連の委員会として作ってしまうんだと。中小企業問題に関する全国担当者会議で、宮崎会長は「中小企業は貸しはがしや下請けいじめで苦しんでいる。中小企業分野は従来から8万人の税理士と2万人の司法書士が取り組んでおり、弁護士が組み込んで行けていない。この分野は本来弁護士が担うべき分野があるが、法廷業務以外の分野なので弁護士自身にスキルがないということもある。今こそ革命的な価値観の転換を行い、研修を充実させ、中小企業の専門弁護士を養成し、専門の相談体制を築かなければならない。これらのことをやり遂げるためには大きな組織が必要であり、そのため日弁連は中小企業支援センター構想を打ち立てたものである。」と挨拶した。
  構想の中味は次のようなものだ。「コールセンター」を作って全国共通のフリーダイヤルで受け付けて、そこから各単位弁護士会の中小企業問題相談窓口に振り分ける。各単位会では中小企業法務に精通した担当弁護士のリストを作成する。地域により専門性の度合いが異なるので資格要件は各会の裁量に委ねるが登録後1年経過は必要。コールセンターで午前中に受け付けたものはその日の午後までに、午後に受け付けたものは翌日午前中に担当弁護士から申し込みした企業にアポ取りやヒアリングをして、その上で1週間以内に相談を実施する。相談料は全国一律、事務局原案は30分5000円だが大規模会は顧客誘因のため無料化が必要、折衷案は最初の30分は無料とするもの。

  法的需要の掘り起こし策なのだろうが、弁護士会がこんなことまでする必要があるのだろうか。そもそも宮崎会長の「中小企業分野は従来から8万人の税理士と2万人の司法書士が取り組んでおり、弁護士が組み込んで行けていない」という認識は正しいのか。私は今はやっていないが、過去においては中小企業からの相談や依頼を受けていた。おそらく多くの弁護士にとって中小企業はメインの顧客であり、最重要の取扱業務と位置付けられているのではなかろうか。中小企業分野がいつから特殊専門分野になったのだろう。日弁連は事業承継、事業再生などを念頭においているようだ。たしかにこれらの分野は新たな法的枠組みが作られたので弁護士がそれに対応していく必要はあるが、問題としては昔からあったことで解決手法が変わっただけの話ではないのか。中小企業が抱える問題のうちのある特定の分野が専門性を有することはそのとおりだ。しかし中小企業問題一般が専門弁護士を養成しなければならないような特殊分野だと思っている弁護士はほとんどいないのではないか。要は無謀な弁護士増員をしたものの増えるはずの法的ニーズは増えないので、形振り構わず日弁連丸抱えで業務対策をやろうということだろう。
  しかし私は賛成できない。「支援センター」という名前を付け「中小企業は貸しはがしや下請けいじめで苦しんでいる」と言うが、本質は弁護士の業務対策だ。支援が必要だというなら中小企業の前に、一般市民の抱える問題について支援すべきだろう。各単位会には法律相談センターが設けられ市民や企業の相談窓口になっている。既に相談窓口はあるのであり、それに加えて中小企業だけを優遇する理由はあるのだろうか。たしかに高齢者・障害者問題、多重債務問題、犯罪被害者支援など特に援助が必要と考えられる分野については、法律相談センターの相談の一環として特別な窓口が設けられている。しかし中小企業問題がこれらと同列に扱われ一般市民より優遇されなければならない理由はない。まして全国共通のコールセンターなど今までもうけられたことはないし、弁護士から相談希望者に電話してアポ取りやヒアリングをすることなどどの窓口でもやってはいない。大規模会は無料ときては正気の沙汰とは思えない。何で一般市民が30分5000円で、中小企業がタダなんだ。
  中小企業法律支援センターを作ること自体が悪いとは思わないが、順序が違うだろう。中小企業法務は一般業務として多くの弁護士が既に手がけているし、事業承継や企業再生についても重点分野として広告宣伝している事務所は少なくない。それに対して例えば難民認定・在留許可問題、DV・児童虐待問題、高齢者の虐待・介護問題、生活保護費のピンハネ問題、高齢者の消費者被害など深刻でありながら採算に合わないため弁護士の援助を十分受けられていない分野はたくさんある。支援センターを作るならまずはそのような分野からだろう。その次は一般市民の一般事件だろう。中小企業はその次のはずだ。日弁連は現在の法律相談センターの体制では不十分だから中小企業問題に特化した相談・受任体制を作るべきだというのだろうが、逆から言えば中小企業問題以外の市民の抱える問題については現在の不十分な体制で構わないと考えていることになる。中小企業支援センターの設置、運営、広告宣伝には多額の費用がかかるであろうが、それは会員の会費で賄われる。会費を使うならもっと困っている人達の相談窓口の充実に使うべきだろう。
  ここ2年ほど各地で弁護会主催の中小企業向け無料相談会が行われている。私は常議員だったときにどうして無料にする必要性があるのか質問したことがある。答えは中小企業支援だけではなく、弁護士自身の業務対策の側面があるから相談料は無料にして、担当弁護士には会が費用を負担することでも構わないのだというものであった。弁護士業務の宣伝なんだから会の金を使うのは当然ということだろう。中小企業支援センターについても同じ理由で正当化しようとするかもしれない。しかしそれも間違いだ。中小企業問題以外にも弁護士の取扱業務はたくさんある。中小企業問題は取扱業務の一部に過ぎないし、取り扱わない弁護士も少なくはない。にもかかわらずその問題だけに会費と会員の労力を費やすということは、明らかに会員間の平等を害することである。会費を使って業務対策をするなら大方の会員が利益を享受しうるものでなければならないはずだ。例えば日弁連は、多額の費用をかけて「ひまわりサーチ」という弁護士検索システムを作ったが、これなどは使うか使わないかは個人の自由だが、会員全員がメリットを享受しうるシステムなので正当化されよう(もっともこの「ひまわりサーチ」は弁護士や法律事務所をキーワードに検索しても検索エンジンには全くひっかからない完全な欠陥商品だが)。
 さらに言えば相も変わらぬ単位会無視の押し付け。一般会員は蚊帳の外で、単位会への意見照会すらしない。それでコールセンター作りましたから、単位会では受け皿となる中小企業問題相談窓口を作るようにというご指示である。ここまで来ると日弁連と単位会の関係は、完全に日弁連株式会社と単位会営業所だ。弁護士は日弁連の社員か。
  それにしても宮崎会長の「中小企業分野は従来から8万人の税理士と2万人の司法書士が取り組んでおり、弁護士が組み込んで行けていない。この分野は本来弁護士が担うべき分野がある」という認識はどうなんだろう。弁護士を増やしたはいいが仕事が増えない、だから他の士業の従来業務を分捕らなければならない、それこそ「革命的な価値観の転換」だというのだから恐れ入る。自由競争至上主義者にとっては当然の感覚なのかもしれないが、私などは恥ずかしくてとてもこんな品のない挨拶はできない。
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2009年9月24日 (木)

東京新聞<記者だより>裁判員裁判

東京新聞<記者だより>裁判員裁判                        2009年9月21日 
 各地で始まった裁判員裁判。「裁判官が独占する裁判を国民の手に取り戻す」がウリだ。法曹、学者、ジャーナリストは「裁判の民主化」と、口々に賛辞を贈る。でも、問いたい。刑事裁判を、行政の官僚主導と同じ文脈で語ってよいのか、本当に裁判は民主的であるべきなのか。従来の裁判は、多数意見が優先される民主主義でなく、自由主義的であるがゆえに「あいつはクロ(シロ)」という世論の大合唱を無視して無罪(有罪)判決を出せる。国民が裁判権を握るべきは、刑事裁判でなく、行政責任を問う裁判の方だ。国民の反対を押し切って裁判員制度を始めたことは反民主的。ところが、裁判員制度絶賛派は「民主的制度を反民主的に」強制した矛盾について口を閉ざしたままだ。「知的な私たちが民主的にしてあげた」とのおごりが、万に一つもないと言い切れるか。裁判員制度見直し派が少なくない民主党政権に期待したい。(市川隆太)

  新聞がここまで正面から裁判員裁判に反対する記事を書くのは珍しい。記者もよく書いたと思うが、むしろそれを許したデスクの度量を褒めるべきか。裁判員裁判導入以来毎日のように新聞は報道しているが、どれも事実の報道と裁判員裁判がうまくいっているかどうかの簡単なコメントの域を超えていない。たしかに評価を下すには時期尚早なのであろうが、半年もたつとニュースバリューも薄れ結局できたものは仕方がないで終わってしまうのではなかろうか。
 河北新報は青森の強盗強姦事件について、性犯罪は裁判員制度になじまないから3年後の見直しの時期には適用除外とすべきとの記事を載せていた。まっとうな意見だと思うが、裁判員の苦悩や被害者保護の必要性を言うなら性犯罪に限ったことではあるまい。
 この事件は被告人が犯行を認めているのであるから、従来の裁判であれば被害者が公の場に出る必要は全くなかった。私も何度も性犯罪の事件の弁護を担当したが、被害者の尋問をしたことなど一度もない(少し前までは被害者の意見陳述という制度はなかった)。今回も果たして被害者の意見陳述が必要だったのだろうか。被害者の調書を弁護人が不同意にしたというならともかく、そうでないなら裁判員が調書を読めばよいことでなにもビデオリンクまで使って喋らせる必要などない(裁判員裁判であっても調書を証拠として採用することは当然できるし、法廷での調書の朗読は要旨で足りるので詳細な犯行状況の朗読は不要である)。調書が採用されてそれでもなお被害者が特に意見陳述を希望するならそれは自らの意思であるから被害者が精神的苦痛を受けるとしても致し方ない。しかし本件で本当に被害者が自らの意思で意見陳述を希望したのだろうか。
 また報道によれば犯行再現の生々しい写真を見せられたというがどんな写真なのだろう。私の経験では犯行再現写真はスーツ姿の男性が被害者役で、しかも断片的なもので生々しいものではなかった。今はいったいどんな再現写真を撮っているのだろうか。そもそも再現写真は実況見分の補助手段であってそれ自体が証拠になるものではなく、生々しいものである必要はない。被害者の意見陳述も、生々しい再現写真も、詳細な犯行状況の朗読も、全ては検察が求刑通りの判決を得るための裁判員向けのパフォーマンスだったのではないか。国民の良識を量刑に反映させることと、その場の感情で量刑を左右させることは同じではない。重罰に処すことだけが被害者保護だというならこのような立証のやり方も正当化されるのかもしれないが、そのために今後裁判員は凄惨な遺体の写真や犯行再現写真を強制的に見せられ続けるのだろうか。それほど多いわけではないが、それでも目を背けたくなるような、耳を塞ぎたくなるような凄惨な犯罪、醜い犯罪はある。裁判官、検察官、弁護士はそれが職責であるから我慢するしかないが、国民全員にそれを強いる必要性がどこにあるのだろうか。
 否認事件の事実認定に国民の常識的判断を生かすというなら話は分かる。ただその場合も国民には裁判員への選任を拒否する自由を与えるべきだし(その反面十分な審理を行うに必要な時間的拘束は課せられる)、被告人にも選択権が与えられなければならない。またアメリカの陪審制同様量刑に関与させるべきではない。しかし犯罪事実を認めている事件に裁判員を関与させることにどのような意味があるのか全く理解できない。
 裁判員・被害者の負担の問題や選択権の問題はしばらくおくとして、やはり裁判員制度の是非は、この記者が言うように刑事裁判の本質は民主主義なのか自由主義なのかという根源的な視点から語られるべきものであろう。その上でなおやるというならそれはそれで一つの選択かもしれない。しかし、「統治の客体から統治の主体へ」そのための「国民の司法参加」などという、全くわけの分からない空疎な理屈で推し進めることは誤りだ。できたものは仕方がないではなく、もう一度真剣な議論がなされるべきだし、マスコミもそのための報道をすべきだろう。記者は評論家になってはならないと言われているしそれはある意味そのとおりだが、論説委員ではない現場の記者が、取材した事実に基づいた一定の意見表明をすることはもっとあってよいように思う。

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2009年9月16日 (水)

司法修習生の就職状況

 日弁連の法曹人口問題検討会議で配布された資料によると、現行62期司法修習生(新60期、61期などの不合格者再受験組を含む)の2回試験受験者数は377名、合格者は354名で不合格率は6.1%(再受験組だけで見ると12.3%)。
 合格者のうち裁判官、検察官になった者が25名、弁護士登録した者が285名。未登録者は44名で12.4%が未登録となっている。この中には官庁に就職した者や研究者になる者もいるだろうが、これまでの例からすれば僅かのはずだ。2回試験に受かって法曹資格を得ても弁護士になれない、つまり法律事務所に就職もできず、自宅開業もできなかった者がこの位いるということになる。ちなみに現行61期の場合一括登録時の未登録者は5.4%であった。
 この数字を、12月に合格発表される新62期司法修習生2065名に当てはめると200名以上の者は合格しても就職も自宅開業もできないことになる。大学に4年間通い、ロースクールに2~3年通い、司法試験に合格して1年間司法修習して法曹資格を得ても就職できない。しかもこの間奨学金や生活費で400万円位の借金を背負っている者が多いというから悲惨としか言いようがない。その上来年からは司法修習生は無給となり、年間300万円が貸与される(国からの借金です)ことになるので負担はますます増える。それで就職先がないとなると破産するしかないかもしれない。
 今年の新司法試験の合格者は政府が目標とした2400~2700名をはるかに下回る2043名だった。法務省は合格水準に達している者がその数しかいなかっただけだと説明している。ちなみに合格者の最高点は1197点、最低点は376点、平均点は767点、合格点は785点以上とされた。500番目の点数が911点だから、単純に合格者500名時代の司法試験に当てはめると、たしかに質は低下しているようだ。しかし合格者を増やす以上はそれを承知の上で2400~2700名の目標を立てたのだから、実際は、合格させても働き場所がないだろうから制限したというのが本当のところではないだろうか。
 司法改革論者は、市民の身近に法律家がいることが、法の支配をわが国の隅々にまで浸透させ公正で活力ある社会の実現に必要であり、そのためには少なくとも5万人の法曹人口が必要だから、年間合格者を3000人にすべきだと主張した。しかし働く場所のないプータロウの弁護士や弁護士登録すらできない合格者が何人いようと法の支配が行き渡るはずはない。市民だってそんな社会を望んでいるとは思えない。
 比喩的に言えば自動車業界が年間500万台の生産量だったのを、需要の見通しもないのにいきなり数年間で3000万台にまで生産を増やすようなものだ。そんなことをすれば業界自体が破綻することは目に見えている。結局生産設備に相当するロースクールは過剰だとされて廃止や統合を強いられ、生み出された法曹は働く場所もなく借金を抱えて路頭に迷う。生産途中のロースクール生は、もう余り始めたから合格者は減らします、ほかの職業を探して下さいと言われてしまう。
 市民が十分な法的サービスを受けられるような社会を目指すことは正しいと思うし、その限りでは司法改革も必要だと思う。しかし法曹養成は物を作るのとはわけが違う。一人一人の人生がかかっているのである。こんな馬鹿げた政策は直ちに見直すべきである。
 ところが日弁連はいまだに世迷い事を言っているようだ。今度は「弁護士の役割と弁護士人口の適切なあり方」をテーマに、地方キャラバンと称して各地でシンポジウムをやるそうだ。新規登録者が増えてよほど財政が豊かになったようだ(弁護士登録するには日弁連に3万円払わなければならない。2000人だと6000万円である。)。もはや年間合格者3000人などあり得ない話で、直ぐにでも1000~1500人にすべきなのに今さら何を寝ぼけたことを言っているのだろう。「弁護士人口の適切なあり方」は増員政策を決める前に慎重な検討をすべきだったのである。需要の見込みも立てないで工場を造っておいて、後から需要があるのかどうか検討しましょうなどという経営者がいたら即刻クビだろう。しかしそれでも次の会長選挙では司法改革論者が会長になりそうだというのだから、日弁連というのは不思議な団体である。

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2009年9月10日 (木)

時事ドットコム:新司法試験、合格率27%=過去最低、初めて3割切る-合格者2043人・法務省

リンク: 時事ドットコム:新司法試験、合格率27%=過去最低、初めて3割切る-合格者2043人・法務省.

新司法試験、合格率27%=過去最低、初めて3割切る-合格者2043人・法務省
 ようやく法務省が正気に戻ってくれたかという感じです。この数字は、法務省が3000名増員などという馬鹿げた司法審議会の答申や閣議決定にもはや従うつもりがなくなったことを意味するのでしょう。またこれは仙台弁護士会や東北弁護士会連合会の合格者数現状凍結決議に沿ったものであり増員見直し運動の成果と言えるでしょう。
  ところで日弁連の宮崎会長はどのようなコメントを出すのでしょうか。くれぐれもやはり5万人が妥当だとか、地方ではまだ弁護士が不足だとか、3000名増員は間違っていないのでロースクールの体制が整ったら増員すべきとかアホなことは言わないようにしてください。
  それにしても一番の被害者は不合格になったロースクール生です。彼らに非はないのに誤った政策に踊らされてしまった。全ては3000名増員などという馬鹿げた政策を打ち出し、それに加えて3000名増員の場合ですら過剰なロースクールの設立を許した者たちの責任です。新自由主義を信奉する司法改革論者、財界、御用学者、増員に賛成した日弁連執行部、文科省の役人達は身銭を切って不合格者に損失補償をするべきではないか。
  しかし考えてみればこの数字でも旧試験を加えると2100名を超えており、過剰なことに変わりはない。このまま続くとなるとやはり弁護士業は明らかな斜陽産業であり、早晩困窮する弁護士が続出することは目に見えている。司法試験に落ちて他の道に進んでよかったと思える日が来るかもしれない。

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「バチスタ」の海堂尊氏を名誉棄損で提訴 「Ai診断」で東大教授(産経新聞) - Yahoo!ニュース

リンク: 「バチスタ」の海堂尊氏を名誉棄損で提訴 「Ai診断」で東大教授(産経新聞) - Yahoo!ニュース.

「バチスタ」の海堂尊氏を名誉棄損で提訴 「Ai診断」で東大教授
  「医療現場を描き、映画やテレビドラマにもされた小説「チームバチスタの栄光」などで知られる作家、海堂尊(たける)氏のインターネット上の文章で名誉を傷付けられたとして、日本病理学会副理事長の深山正久東大教授が、海堂氏と海堂氏の文章をホームページに転載した出版社2社に計1430万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴えを東京地裁に起こしていたことが9日、分かった。」とのことです。

  「Ai診断」とはオートプシーイメージン診断の略で死亡時画像診断のことです。ツタンカーメンのミイラについてCT検査がなされ死因や生前の健康状態の調査が行われましたが、死亡直後に行えば比較にならないほど多くの情報を得られます。それを加味して死因を診断しようというのが「Ai診断」です。
  日本では死後剖検(司法解剖や病理解剖のこと)が行われるのは僅か2%程度で、それ以外は死亡までの臨床経過から死因が判定され死亡診断書に記載されます。しかし本当の死因は病理解剖してみなければ分からないことです。例えば臨床経過からは急性肺塞栓と診断されても、病理解剖の結果血栓は存在せず死因は別だったということもあります。この場合死後にCTを撮ってみれば血栓の有無が分かるので解剖しなくとも別の死因を探求しようということになるわけです。
  病理解剖は、病理医も極めて少ないし、遺族の抵抗感もまだまだ大きいため今後実施率が急上昇することはあり得ません。それを補うものとしてAi診断は注目されています。しかしこれについては臨床現場でアレルギーが強いようです。私が経験した医療事故でも、遺族が解剖はしたくないが死因に疑問があるのでCTを撮ってくれといって拒否されたケースが何件かあります。医師が説明した理由は保険適用がない、そもそも画像診断は治療のために行うもので死後に行うことは想定されていないというものだったそうです。上司の医師が説得しても担当医が応じなかったケースもありましたがそれは単に死因が明らかにされるのが嫌だったのかもしれません。また放射線科の医師は治療目的以外の画像撮影は許されないという考えが強いようです。
  現在厚生労働省は医療安全調査委員会を作って、医療事故の可能性のある死亡事例について調査し、死亡原因を救命し、医療事故防止に役立てようとの構想を持っており、法案化もなされています(医療界の反対で進んでいないようですが)。この構想は病理解剖の実施を前提にしていますが、いまの病理解剖の態勢で本当にやれるのか疑問です。また遺族が解剖に同意しない場合は当然調査できないわけですが、その場合にはAi診断によって調査することが考慮されるべきでしょう。
  医療過誤訴訟では死因が争われることが少なくありません。実際の医療訴訟での過失の主張は、診断書の死因の記載や臨床経過から推定される死因を前提に、それによる死亡を避けるにはどのような検査を行うべきだったか、どのような治療を行うべきだったかを明らかにして、それを怠っているから過失があるのだと主張します。医療機関側は原告主張の死因を前提に検査の必要はなかった、検査をしうる態勢になかった、そのような治療は必要なかったなどと反論するわけです。しかしそうではなく死因自体について争ってくる場合があります。特に原告主張の死因を前提にすると過失を否定できないという場合は必ずと言っていいくらいに死因不明論を展開します。つまりそもそも死因が不明なら、死亡を防ぐためにどのような検査や治療をすべきだったかということを検討すること自体が無意味になるからです。医療機関側は時として自らが記載した診断書の死因ですら、ひとつの推論を記載しただけで医学的に証明されていないとして否定してきます。このような主張は病理解剖がなされていない事案では特に有効で、臨床経過から強く特定の死因が示唆されない限り、患者側にはなすすべがないということも少なくありません。死因不明に逃げ込むことが医療機関側にとって最大の防御になっているというのが、死亡事故に関する医療過誤訴訟の現状です。
  このような現状に照らし、私はAi診断の普及を強く支持します。解剖と違って費用は安いし、遺体を傷つけないので遺族の承諾も得やすい、しかも日本はCTの普及率が世界一であり実施体制も整っていると言えます。もちろん顕微鏡的な検索ができるわけではないので病理解剖の代替にはなりませんが、死因の推定には非常に有効な方法であることに変わりありません。ただ病理医としては職域を荒らされるようでおもしろくないのでしょう。
  正確には分かりませんが、海堂氏のブログを見ると、訴えられたというブログの記載は次の部分かと思われます。「中立的第三者機関設置を含めたモデル事業が病理学会理事たちを交えて、過去二年展開したことに私はこれまでも言及してきました。(中略)こうした問題にもエーアイを導入すべきだという意見を私は主張し続けてきましたが、聞き入れてはもらえませんでした。一方、病理学会理事長、長村教授とやはり病理学会理事で東大病理学教室の深山教授のおふたりが、このモデル事業に深く関与し、厚生労働省とも緊密に連絡を取りながら、モデル事業を推進してきたことは周知の事実です。昨年四月、病理学会として「医療事故調査委員会」設置に向けてのパブリックコメントを求めた時、病理学会の意志としてパブリックコメントを作成したのが、このふたりを中心にしていたということもわかっています。そのパブリックコメントの中で、病理学会は「オートプシーイメージングなる検査を主体にしてはならず、解剖を主体に制度を構築すべきだ」と主張しています。 (中略)ひっそりと公募研究を募集します。この公募研究は、厚生労働省のホームページ上に掲載されました。それが、「解剖を補助するための画像研究」だったのです。そしてその公募研究に応募したのは前述の東大病理学教室、深山教授ひとりだった、というのです。(中略)厚生労働省の担当官は国会で、この公募研究は「オートプシーイメージングに関してつけたものだ」と答弁しているのです。 さて問題は、こうした公募研究に応募したのが深山教授(東大病理学教室)で、それをウラで支えたのが病理学会理事長の長村教授(東海大学)だ、という点です。彼らは、エーアイ研究に対する実績はゼロです。であるもかかわらず公募研究に応募し、研究費を取得した。これは研究内容を先行研究者たちからパクろうとしているに等しい行為です。 何とあさましいことでしょう。」
  形式的には名誉毀損的表現があることは事実で、あとは公益性、真実性の証明の問題になると思われます。ただ海堂氏のブログの他の部分も読むと、氏の言いたいことは、「病理解剖だけに頼っていては医療事故調査委員会はうまく機能しないのでAi診断を積極的に導入すべきだ、にもかかわらず病理学会の方でそれを阻害するような動きをし、そのために厚労省と組んで公募研究を利用するようなことはすべきでない」という点にあるのでしょう。その意見が正しいかどうかは別にして、日本の立ち後れた死因救命体制に警鐘を鳴らし、医療事故調査委員会についてもより実効的な手法をとるべきことを提言することは正に公益を目的とした言論であり、表現の自由として尊重されるべきではないかと思われます。反論があるなら正々堂々と言論を以て行うべきで、裁判という形をとるのは疑問といわざるを得ません。
 

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2009年9月 6日 (日)

仙台市の天下りの実態 仙台市管理職退職者の再就職状況

[仙台市] ブログ村キーワード

リンク: 仙台市 再就職状況の公表について.

「平成20年度(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで)に退職した管理職退職者の再就職の状況は次のとおりです」として公表された。
 仙台市のいわゆる天下りリストだが、目立ったところでは建設局長が(財)仙台市建設公社理事長と(株)クロップス代表取締役に同時に就任している。後者はこの間売却された駅前のアエルの管理会社のはずだ。青葉区宮城総合支所次長は、(財)仙台市建設公社事務局長兼総務部長に、都市整備局参事は一人が同公社住宅部長、もう一人が同公社募集収納課長に、太白区道路課主幹は同公社の管理課管理係長になっている。退職時の役職に応じた見事な天下りである。
 議会事務局長は(財)仙台市市民文化事業団副理事長兼専務理事兼せんだいメディアパーク館長(なんで同時に3つもやるんだ、まさか退職金も個別にもらうわけじゃないんだろうな?)に、健康福祉局次長は、(財)仙台市健康福祉事業団専務理事に、環境局理事は(社)仙台市シルバー人材センター理事長になっている。
 財政局理事は仙台交通(株)代表取締役社長、太白区副区長は同社専務取締役兼業務部長になっている。ちなみに仙台交通(株)は仙台市が25%以上出資する会社で地下鉄、バスなどの保守点検整備などを業としている仙台市の子会社だ。
 消防局総務部長はセコム(株)の顧問になっている。そのほかの民間企業にもたくさんの管理職が天下っている。
 この人たちはいったいどうやって再就職先を探したのだろう。読売新聞によると仙台市の人事課は「市が斡旋することはない。団体職員の募集要項を見て応募したり、直接勧誘を受けたりしているようだ」とコメントしたとのことである。本当かよと言いたくなるが、まあそれぞれの前任者が同じような天下りなので、人事課が斡旋しなくとも指定席として勧誘されるのかもしれない。
 そもそも(財)仙台市建設公社などというものが必要なのだろうか。公社の業務内容が、本当に仙台市の行政に必要なら市の仕事としてやればよい。そうすれば公社を辞めるときに退職金を払う必要がなくなる。仙台市には、外にもたくさんの仙台×××公社、事業団、協会などと称する外郭団体がある。その合計は40団体である。私に言わせればこれらは、本来仙台市が行政として行うべき事業を形式的に分離しただけの存在であり、仙台市の幹部が退職金の二重取りをする目的で作ったとしか思えない。
 この大量失業、就職難のご時世に、どうして仙台市の管理職だけがやすやすと再就職でき、再就職先でいきなり理事長だ代表取締役だと厚遇されるのだろうか。しかもこれら外郭団体は市の補助金で運営されているわけで、市民の税金で退職後も生活が保障されているのである。天下り天国、公務員天国とはよくいったものだ。
 それにしても分からないのは、この再就職状況があまりマスコミで大きく取り上げられないことだ。マスコミはもっともっと大きく取り上げるべきだし、外郭団体を直接取材してその存在意義にまで踏み込んで掘り下げた記事を書くべきだろう。市の公表結果を記事にするだけならマスコミなどいらない。また仙台市民はもっともっと怒らなければならないと思う。
 仙台市は市役所、地元財界、議会が完全に馴れ合っている。歴代市長はほとんど市役所職員だし、市長選では市役所ぐるみで応援するのが通例だ。だから、市役所一家と呼ばれている。それを可能にしているのがこの天下りのシステムなのだろう。
 仙台市民オンブズマンでも何か打つ手はないのか例会で問題提起してみたい。

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2009年9月 5日 (土)

高齢者の悪徳商法被害

 最近久しぶりに消費者事件の相談を2件受けた。基本的に医療過誤事件しかやらないのだが、先物弁護団からの配点だったので引き受けた。1件は70歳代後半の方の海外商品先物オプション取引被害、もう1件は80歳代半ばの方のロコ・ロンドン金取引、匿名組合方式投資勧誘、未公開株の相談でした。まず被害者の年齢が高いのに驚いた。昔は家庭の主婦や学生の被害が多かったような気がするが、今は高齢者がねらい打ちされているようだ。海外商品先物オプション取引の資料をよく見てみたら勧誘した営業課長は、私がこれまで何度となく相手をした某悪徳業者の営業課長と同一人物だったのでまた驚いた。移籍したのだろうか。悪い会社で悪いこと覚えて、同じような会社に移ってまた消費者を食い物にしているのだからどうしようもない。悪徳商法は、同じ人間が手口や会社を変えながらやっていることが多いというが、いったん人を騙して甘い汁を吸うことを覚えると真っ当な仕事など馬鹿らしくてやれなくなるのだろうか。
 それにしてもこの手の業者は悪知恵が働く。今回も勧誘は自宅でするが、契約は被害者を自宅から車で連れ出して会社で行っている。クーリングオフは業者の営業所で契約した場合は適用にならないからだ。しかし営業所で契約した場合にクーリングオフが適用されないのは、自ら進んで契約に臨んだのであるから熟慮の上での契約のはずだというのが理由だ。契約内容も理解していないのに自宅から連れ出されたのだからキャッチセールスと同じで、クーリングオフはなお可能と考えるべきだろう。
 ロコ・ロンドン貴金属取引や未公開株はもう被害が少なくなっているのかと思ったが全くそうではないようだ。話を聞くと同じような業者が何社も次から次へと電話をかけてくるそうだ。多分名簿が出回っているのだろう。ご本人は真っ当な取引というか老後の蓄えを増やしてくれる親切な人と信じ切っていたようだ。取引の仕組みどころか自分が何をやっているかの認識すらない。どうしてそんな風に信用できるのかと不思議に思うが、善良なだけで落ち度があるわけではない。悪徳業者を野放しにしている国が悪いのだ。
 金融商品の場合、悪徳業者は最初数万円程度配当して、実際に儲かっているかのような錯覚に陥らせておいて、有り金全部投資させるの常套手段だ。そして一定期間営業すると逃げてしまう。泣き寝入りしてる被害者はどれだけの数に上るのだろうか。抜本的な対策としては、一般消費者を相手にする取引に関しては、全ての不招請勧誘(消費者が自ら積極的に業者に連絡をとるのではなく、業者の側から電話、郵便物、自宅訪問などで勧誘すること)を一切禁止するしかないだろう。実際そのようは法制度の国もある。営業の自由と言うが、DMや電話勧誘、訪問販売がなくなったところで一般消費者は全く困らない。業者が宣伝広告し、消費者が関心を持った場合に業者にアプローチするという形態があれば、消費者は困らないし、その限度での営業が許されれば憲法上の営業の自由は確保されていると言える。もっともこの方法だと虚偽誇大広告の問題が残るが、証拠が残るので消費者契約法の解除権で対応できるだろう。もし一律禁止ができないなら(できない理由はないと思うが)、せめて70歳以上の高齢者、その他社会的弱者については、不招請勧誘による取引について無理由解除権を認めるべきだろう。
 今回の1件は消費生活センター経由のものだった。かつて私は3年間ほど仙台市の消費生活センターの指導弁護士をしていた。当時は悪徳商法といっても金融商品による被害はほとんどなく、内職商法や教材販売などが多くそれほど高額な被害にはならなかったように思う。しかし今では金融商品(実際は金融商品まがいの賭博であるが)を利用して高齢者の全財産を巻き上げるような悪質なものが増えているようだ。消費者庁ができたので行政には頑張って欲しいが、実際の被害回復には弁護士の関与が不可欠だろう。しかし消費者事件は、本気で取り組もうとすると関連法令も膨大でしかも頻繁に改正されるのでなかなか理解が難しい。弁護士会でも悪徳商法受任者弁護士リストでも作った方がよいように思う。
 そういえば7月頃に統一協会の関連企業の社員が公安部に逮捕されたとの記事を読んだ。統一協会の霊感商法は、私が弁護士になりたての頃に取り組んで判決もとったが、全国的にはまだまだはびこっているようだ。仙台では今どんな状況なのだろう。公安がでてきたというのは、おそらく北朝鮮への資金の流れが知りたかったからだろう。その後の報道を見ると統一協会本体にメスは入っていないようだが、統一協会のシンパがいた自民党が政権を失った今遠慮する必要はないので警察には頑張って欲しい。
 これを機に医療過誤事件以外にも悪徳商法の事件だけは受任するようにしようかなとも思う。
 

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