医療過誤訴訟判決の報道の在り方 匿名報道は適切か
5月24日に私が原告代理人の医療過誤訴訟(死亡事故)の判決があった。被告は医療法人将道会(総合南東北病院)だ。被告の過失を認め、2000万円余りの支払を命じる内容の判決だった。この判決について読売新聞は法人名、病院名共に実名で報じたが、河北新報は匿名にした。
私は20年近く医療訴訟をやっているので河北新報の報道の変遷はよく分かる。かつては提訴段階から病院名を実名で報道していた。事案によっては診療所であっても実名報道していた。その後提訴段階では大学病院や国公立病院を除き匿名報道になった。さらに最近では和解で終了した場合も匿名となり、今回ついに判決の場合も匿名報道になった。これは医療訴訟に限らず他の民事訴訟も同様の傾向にある。
もっとも昨日京都地裁で判決があった「日本海庄や」の過労死判決は実名報道だったので匿名原則を守っているわけでもないようだ。社会的影響の多寡で区別しているのだろうか。他方刑事事件に関しては以前として逮捕時点で実名報道している。
どのような場合に匿名にすべきかは難しい問題だとは思う。提訴段階ではよほど社会的影響が大きい場合を除けば匿名にするのが適切だろう。現に医療過誤訴訟で原告の弁護士が記者会見しマスコミがそれを報道したケースで、後にその弁護士と報道機関が名誉毀損で訴えられ敗訴したことがある。
しかし判決がなされた場合にまで匿名にするのはおかしい。もちろん私人の私生活の平穏を守る必要はあるので、裁判が公開だからといって全て実名で報道してよいわけではないと思う。純然たる私人の場合は判決の場合も匿名にすべきだろう。しかし「正当な社会的関心の対象」の場合は実名報道が原則だろう。例えば弁護士や医師の場合は、私人ではあるが特別な資格と責任を課された者であり、その在り方は「正当な社会的関心の対象」であるから、実名報道を甘受すべきだ。総合南東北病院は271床を有する総合病院で救急指定病院でもある。病院以外に訪問看護サービスなど様々な事業も行っている。地域住民にとっては疑いもなく「正当な社会的関心の対象」だろう。
私は別に実名報道して社会的制裁を与えるべきと言っているわけではない。「正当な社会的関心の対象」について、一般市民が関心を持ち議論するような事象が起きた場合は、その事実を報道することが報道機関の社会的役割であり、民主主義の基本だと考えるだけだ。報道をきっかけに医療の安全や救急医療の在り方について市民が関心を持ち議論しうるということが重要だと思う。その意味では起訴もされていない逮捕段階で私人を実名報道するのはおかしいと言うべきだ。
河北新報がポリシーを持って現在のような匿名報道をしているならそれはそれで一つの考え方とは思う。しかし私の知る限りかつて商品先物取引会社を実名報道してクレームを付けられたケースや医療過誤訴訟の和解内容の報道の仕方で病院からクレームを付けられたことがあった。どのような対応をしたのかまでは知らないが、もしそのようなクレームを避けるために匿名報道しているなら問題だと思う。不当なクレームに対してはきちんと弁護士を頼んで戦うべきだろう。近時名誉毀損訴訟で報道機関が敗訴するケースが顕著に増え、賠償額も高額化している。もちろんペンの暴力と評すべきことが起きているのは事実で、名誉を守ることも重要ではあるが、それが行き過ぎて正当な報道が萎縮することのないようにしてもらいたい。河北新報は最近の「変えよう地方議会」の連載をはじめ健全な報道機関として高く評価している。それだけに匿名報道の在り方については今一度議論して欲しいと思う。
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