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2012年6月29日 (金)

法科大学院課程の修了を司法試験の受験資格から除外することを提言すべきである 日弁連「法科大学院制度の改善に関する具体的提言(案)」に対する意見書(愛知県弁護士会)

リンク: 日弁連「法科大学院制度の改善に関する具体的提言(案)」に対する意見書(愛知県弁護士会).

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司 殿
 2012 (平成24) 年3月27日付け「意見照会」(日弁連法1第387号)による日弁連「法科大学院制度の改善に関する具体的提言(案)」について、当会の意見は下記のとおりです。
平成24年6月12日
愛知県弁護士会
会長 纐纈和義
(意見の趣旨)
 「法科大学院制度の改善に関する具体的提言(案)」は、現在の法曹養成過程において発生している問題を解決する方策にはなり得ないものであり、このような各提言にはいずれも反対である。この問題を解決するためには、法科大学院課程の修了を司法試験の受験資格から除外することを提言すべきである。
(意見の理由)
第1 日弁連提言案の背景事情とその内容・立脚点
1 日弁連「法科大学院制度の改善に関する具体的提言(案)」の内容
 2012(平成24)年3月27日付「法科大学院制度の改善に関する具体的提言(案)」(以下「提言案」という)は、「法科大学院志願者は、絶対数においても、非法学部・社会人の割合においても減少を続けている」ことを指摘し、その原因として、「当初想定を大きく下回る司法試験合格率、司法修習生のいわゆる就職難、これらの状況下における経済的負担感の増大などの理由」を挙げている。
 また、「法科大学院による教育の質の格差によって、法律基本科目等の基本的な知識・理解が不十分な修了者、論理的表現能力が不十分な修了者が一部に見られるなど、法曹の質の確保という観点から看過できない状況が生じている」とし、法科大学院のあり方について、緊急に改善を要すべき大きな課題に直面しているとしている。
 そして、その改善策として提言の趣旨第1項(1)(2)において、法科大学院の統廃合と定員削減(入学者総数年間3000人を下回ることを目指して)を中核とした諸施策を提言している。法曹志願者の激減に歯止めをかけることが出来るかどうかが、当面の最も重要かつ深刻な課題であることからすると、この提言の趣旨第1項(1)(2)による施策が、本提言の要であると言っても過言ではない。
2 提言案の基本的考え方
 法科大学院修了者の7?8割が司法試験に合格できるという当初の構想は、大半の修了者が司法試験に合格できるという安心感を学生に与えることで、学生が受験技術の習得に走ることなく、落ち着いて法科大学院での学習に専念させることに大きな理由があった。
 そして、提言の趣旨第1項(1)(2)の法科大学院の統廃合と定員削減案は、法科大学院の学生定員を削減すれば、司法試験受験者数が減り、司法試験の合格者数が変わらなければ合格率は上昇することになる。そうなれば、法科大学院の志願者も増え、非法学部・社会人の割合も増大することになる、という考えに立脚するものである(法科大学院センターニュース2011(平成23)年5月1日発行)、と思われる。
 こういった考えに立脚して、日弁連は、緊急事態に対応する策として、2009(平成21)年1月16日付け「新しい法曹養成制度の改善方策に関する提言」を公表し、法科大学院の1学年総定員数を当面4000名程度にまで大幅削減することを提言した。さらに、日弁連は、2年後の2011(平成23)年3月27日付け「法曹養成制度の改善に関する緊急提言」で4000名程度にまで1学年総定員の削減を緊急に実現するよう求めつつ、さらなる削減を提言した。今回の提言案は、従前の提言を念頭に、法科大学院の統廃合と入学者総数年間3000人を下回ることを目指した定員削減を提言するに至っているのである。
第2 法曹志願者の激減の実態とその原因
1 法科大学院志願者数等の激減の実態
 2012(平成24)年1月30日中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会(第46回)が発表した「法科大学院の現状に関するデータ」によれば、法科大学院志願者数の推移、入学定員、実入学者数の状況は、
別紙1(PDFファイル)のとおりである。
 
別紙1の表によれば、法科大学院志願者数等は2007(平成19)年以降いずれも減少している。別紙1の志願者数は、一人の者が複数志願しているため、直ちに志願者実数とは言えないとしても、当初の3分の1以下となっている。また、実入学者数は、初年度を除き毎年定員数を割り込んでおり、後に述べるように2009(平成21)年以降は極めて大きく割り込む状況となっている。
 また、法科大学院適性試験志願者数の状況を示すと、
別紙2(PDFファイル)のとおりである。別紙2の表によれば、法科大学院発足の初年度である2003(平成15)年における適性試験志願者数は、大学入試センターが3万9350人、法務研究財団が2万0043人で、重複志願者を除いても約5万人が受験したとされていた。それが2011(平成23)年の適性試験の志願者実数は、法務研究財団のみの7829人(大学入試センターは適性試験から撤退した)へと激減し、当初の約15%になってしまった。
 2012(平成24)年の全国統一適性試験第1回志願者数が前年比12.6%減の5186名、第2回志願者数は前年比19.1%減の5974名であり、前年度の志願者実数7829名を前提として、今年度の志願者実数を16%減(第1回、第2回の前年比の平均値)と想定すると、6577人になる。制度発足時の実に7分の1(約13%)以下になってしまった。
 司法試験を受けるためには法科大学院課程の修了が必要とされ、法科大学院に入学するためには必ず適性試験を受けなくてはならない。適性試験志願者実数が即ち法曹志望者数となり、その志望者数が6000人台にまで減少している現状にある。したがって、日弁連が指摘しているように志願者数の大幅な減少に歯止めをかけることが緊急課題となる。
2 激減の原因
(1)現行法科大学院制度の基本的構造
 現行の司法試験制度では、原則として法科大学院課程を修了することが司法試験の受験資格となる。
 それゆえ、法曹を志す者は、法科大学院で学ばなければならないこととなるが、法科大学院に通うことそれ自体によって経済的にも時間的にも多大な負担を伴うことになる。さらに法科大学院に入学しても司法試験に合格することができないかもしれないという不安に加えて、合格しても司法修習生の就職難といった状況下にあっては、法曹を志願する者は、これらの厳しい負担を覚悟しなければならない事態になっている。
 即ち、法科大学院に入学して、3年間学ぶと、学費だけでも、平均して、国立においては約271万円、私立においては約427万円を要し、加えてその間の生活費も負担しなければならない。たとえ、奨学金などによって学費が賄える者であっても家庭を抱えるなどして生活費の負担に耐えられない者は、法科大学院に通うことが事実上困難となる。
 したがって、奨学金を受領できるとしても生活費を工面できない者は、法科大学院を志願することを断念せざるをえないこととなる。言い換えれば、経済的に恵まれた者だけしか進めない制度が法科大学院制度と言っても過言ではない。
 加えて、法科大学院に通うことそれ自体によって時間的負担も生じる。職を有したまま法科大学院で学ぶことは基本的に不可能であり、法科大学院に入学しようとすれば、現在の職を辞めなければならない。大学時代に受験を志望する者(優秀な人材も多く含まれると推測される)や既に職を得て働きながら法曹に転職を考えている者たちにとって、法科大学院の存在は高い障壁となっている。
 このような法科大学院制度が持つ基本的構造こそが社会人を含む法科大学院志願者を減少させる大きな要因となっている。
 提言案は、「法科大学院志願者は、絶対数においても、非法学部・社会人の割合においても減少を続けている」ことに危機意識を募らせているが、その現状の問題点は、上記のように現行法科大学院制度の基本的構造に由来しているといわねばならない。
(2)合格率の低迷そのこと自体は、志願者減少の理由にならないこと
 第1回の予備試験が実施された2011(平成23)年の予備試験志願者数は、法科大学院在学生を除くと8699人となっている。これに同年の適性試験志願者数7829人を加えると、1万6528人となる。しかし、予備試験志願者の中には法科大学院への進学もあわせて考えている人(適性試験志願者)が含まれているので、同年の法曹志望者数はさらに減少することになる。そのうえ、2012(平成24)年の法科大学院適性試験志願者数が激減していることはすでに述べたとおりである。
 これに対し、旧司法試験の時代は、1990年に至るまで長期にわたって合格者数が約500人、合格率が2パーセント台という時代が続いていたが、その間の受験者数は常に約2万数千人を維持していた。旧司法試験当時、2万数千人いた志願者が、現在では、1万数千人にまで激減してしまったことになる。
 そして、旧司法試験が合格率2パーセント台という極めて厳しい試験であっても、2万数千人が受験していたという事実は、合格率の高低が志願者の増減に結びつくものではないことを端的に示している。
 したがって、司法試験の合格率の低迷そのこと自体は志願者減少の理由にはならない。
第3 提言案の基本的問題点
1 提言案には、志願者数・入学者総数の減少実態に合った問題意識がないこと
(1)ところで、先述したように日弁連は、定員数の削減を提言し続けてきており、現実的に2010(平成22)年度から4000人台の定員数に削減され、2011(平成23)年には4571人にまでなっている。しかしながら、志願者数も同じように減少してきており、一向に志願者数の減少傾向に歯止めがかかっていない。そのうえ、合格率も過去最低を更新中である(2011(平成23)年度23.5㌫)。
 さらに、
別紙1の表から、志願者数減少のみならず、さらに2009(平成21)年から2011(平成23)年にかけて実入学者数が激減し、2011(平成23)年度は3620人である。また、入学定員数との差は、2009(平成21)年から2011(平成23)年にかけて921人、787人、951人と大きな隔たりがあるのが特徴的である。
 この状況からすると、これからも実入学者数が減少していくことは必至であり、提言案のように、入学者総数年間3000人を下回ることを目指して定員削減を提言しなくとも、近い将来入学者総数年間3000人を下回ることは十分予想されるところである。
 現時点で、2012(平成24)年度の入学者総数の正式発表がされていないが(3000人を割り込んだとの情報もある)、仮に入学者総数年間3000人を割ったり、その前後であれば、今回の提言案は、あえて提言する必要のないものになる。そればかりか、法科大学院の統廃合や定員削減を内容とする提言案それ自体の問題意識が現状の問題点に合致していないことを露呈してしまうことになる。
(2)提言案では、さらなる志願者数の減員及び法曹の質の低下を招く危険性が大きいこと
 すでに述べたように、提言案の立脚する考えは、司法試験における合格率の低さにより志願者が減少しているため、入学者総数が年間3000人を下回るように定員の削減をはかり、合格率を高めれば、志願者数が増える、というものである。
 確かに、法科大学院発足当初のように、多くの希望者が殺到し、その中から入学者総数を年間3000人に削減するのであれば、優秀な人材を確保することができ、法曹の質を維持しながら合格率を高めることに意味があったと言えるのかもしれない。
 しかし、すでに述べたように、現在は法科大学院志望者数は激減している状況である。
 こういった状況下で、学生定員の削減をはかることは、さらに志願者数を減員させることになりかねず、法学部志望者や法曹志望者を法曹の世界から遠ざける方向に作用し、その結果ますます法曹の質を維持できない状況に陥らせる虞が高い。
2 提言案の立脚する考えでは、現状の問題点を解消できないこと
 合格率の高低が志願者の増減に結びつくものではないことは既に述べたところである。そして現状の問題点が現行法科大学院制度の基本的構造に由来するものであることも前述のとおりである。
 このような現状は、司法の未来にとって極めて深刻な危機的状況であると言わなければならない。経済的理由から或いはまた時間的な理由から、有為の人材が法曹界を敬遠し、或いは法曹界に入ることが出来なくなることは、結果として、司法の人的基盤を弱体化させ、司法を崩壊させることになる。
 現在問われているのは、いかにして優秀で多様な人材を法曹界へ迎え入れることができるのかであり、そのためには、現在発生している問題の根本的原因が現在の法科大学院制度にあることを認識した上で、その改革の検討をしなければならない。
第4 提言案は、弥縫策に過ぎず、しかも重大な問題を孕んでいること
1 提言案1(1)(2)について
(1)提言案の内容
 提言案(1)は、入学者数3000人を下回ることを目指して統廃合と学生定員削減のために、以下の①~④の措置を提言している。
 ① 学生定員の上限・下限設定
 ② 入学者の競争倍率2倍以上、定員充足率5割以上
 ③ 必要専任教員数増員など教員体制の充実
 ④ 司法試験合格率が著しく低い法科大学院の統廃合を目的とした措置
 提言案(2)は、法科大学院の適正配置と学生の多様性確保(夜間法科大学院)のために提言案(1)の統廃合と学生定員削減に伴う措置の猶予、経済的支援、実務家教員派遣を提言している。
(2)問題点
ア 多様で高い質の法曹養成を図ることができるのか疑問であること
 提言案は、多様で高い質の法曹養成に向けて、法科大学院の統廃合と学生定員の削減の促進が必要であり、そのための措置として、上記の①~④のほか⑤教員審査の運用改善⑥司法試験合格率の確保を提言している。
 ここで述べられている措置の主眼は、高い質の学習内容を提供できるといったいわば学習提供者側の問題を念頭にしている。
 しかし、すでに述べたように、定員削減は、志願者数を更に減員させ、その結果法科大学院生のレベル低下を招くことは必定である。さらに3000人実入学者数を前提に司法試験合格者数1500人の競争では現在よりも高い学習効果を得られるのか、大いに疑問である。そのうえ、前述したように、すでに入学者数は、昨年より500人減の3000人前後程度になっており、このまま何もしなくても、実入学者は2000人台になることは必定である。
 要は、ここでは、少人数に高い学習内容を提供できるという学習提供側を問題にするのではなく、志願者数の激減からもたらされる法曹の質の確保をいかに図るのかという、学習を受ける側の学習効果を問題にするべきなのである。
イ 提言案(1)、(2)は、大学の自治と自主性、教育の自由への干渉になっていること
 すでに述べたように提言案(1)(2)は、現在発生している問題点の解決にならない。加えて重大な問題は、以下に述べるように、大学の自治と自主性、教育の自由に対する干渉となりうることを当然のごとく提唱している点であるといわねばならない。
 すなわち、提言案(1)に記載された諸施策は、基本的にほぼ全てが大学の自治と自主性に対する干渉となっている。現在の法科大学院は、文部科学省による設立認可を経て設立されたものであり、その運営は基本的に大学の自治のもとに行われている。
 しかるに、その統廃合をはじめとして、学生定員の上限・下限、入学試験の競争倍率、学生の定員充足率、司法試験合格率等において大学が遵守しなければならない基準を設定し、これに違反した大学に対しペナルティを科することを当然のように考えることは、大学の自治との関係で問題がある。このような提言を、大学と同様に自治権を有する日弁連が行うべきではない。
 また、個別の教員審査の厳格化の主張は、教育の自由に対する干渉以外のなにものでもない。一部において教育能力に問題のある教員が存在していることは否定できないが、これも基本的には大学の自主性によって解決されるべき問題である。
 提言案1(2)は、上記ペナルティを緩和することで法科大学院の「適性配置」(1都道府県に1校以上の法科大学院が存在するようにする)と夜間法科大学院の設置を促進しようとしている。しかし、そもそもそのようなペナルティを前提とすることが問題であることは前述したとおりである。また、日弁連が支援を必要と認めた法科大学院には実務家教員を派遣するというが、支援の必要の有無をどう判定するのか、結局、法科大学院の質の高低を日弁連が判断することになり問題であると言わざるを得ない。
ウ 法科大学院の統廃合は、実現困難な非現実的な提言である。
 法科大学院の統廃合問題は、結局のところ大学の自治の問題であるから、提言案がどれほどの有効的なものになるのかは疑問である。
 確かに、法科大学院の中には事実上の「撤退」が決定されたり、「統合」された例が報道されている。文部科学省が打ち出した「法科大学院の組織見直しを促進するための公的支援の見直し」(2010年9月16日)に基づく補助金の削減(「入学者選抜における競争倍率=合格者数÷受験者数が2倍以上」の条件など)が影響したと思われるが、これら撤退或いは統合するに至った決定的な理由は、志願者を集められなかったからであると言われている。
 また、その他、法曹志望者の減少により、入学者確保に苦労している法科大学院は、数多く存在する。入試の倍率が2倍以上ならば補助金の削減を免れることになるので、合格率が低迷している大学院の多くは、補助金の確保を維持するために受験者数の半分を合格者数と決定せざるをえない。そのため、多くの法科大学院において、入学者数は入学定員を下回ることになった。経営の面から言って、大半の法科大学院が経済的問題に直面していることは想像に難くない。
 しかしながら、今後、「撤退」や「統合」をする法科大学院がどの程度出てくるのか、新司法試験の合格者を輩出できないことで「撤退」する大学院が続出するのかは、単純には考えられない。
 法科大学院制度は、少子化時代における大学の経営戦略の一環としての側面を持つものである。法科大学院の運営は、大学院の経営もさることながら、大学全体の経営に関わる問題である。すなわち、法科大学院を作ることによって、自校から司法試験合格者を輩出し、法学部、ひいては大学全体の宣伝・集客(志願者数増)に繋げるというものであった。大学の「広告塔」のために作った法科大学院を簡単に「廃校」にすれば、宣伝効果としては逆効果であり、かつ、今までに費やした資金が無駄になってしまう。そのため、現に、多くの法科大学院が授業料免除などの「特待生」制度を設け、例えば、既修者コースの入学者全員を授業料免除にしている大学や、「学習奨励金」なる金銭支給制度を創設した大学までも存在し、入学者の確保にしのぎを削っている状況である。
 3年前から文部科学省が定員削減を要請し、各法科大学院が応じてきたのは、全法科大学院の「一律削減」だったからである。東大や京大を先頭に、全ての法科大学院が横並びで定員を削減した。しかし、地方の小規模法科大学院の場合、そもそも定員自体が少ないところにさらに定員削減を行ったため、これ以上削減する余地はほとんどない。一方、都市部に多い大規模法科大学院の場合、新司法試験の合格率において多くが上位であり、志願者の確保も地方の法科大学院と比べれば容易であるため、そもそも定員削減の動機を見いだし難く、これ以上の定員削減は大学経営の観点からも応じられないという事情がある。
 したがって、提言案の「統廃合」は、実現可能性という点からみるならば、絵に描いた餅(画餅)と言わざるを得ない。
 「統合」についても同様である。法科大学院の連合では、大学の広告塔にはならないので、特に私立大学において「統合」する法科大学院はほとんど発生しないと予測される。
 今後、多くの法科大学院はあらゆる手段を使って入学者の確保にしのぎを削ってくると思われる。すでに述べた特待生制度は法学既修者コースが中心であり、要するに、新司法試験に合格する可能性が高い人材を集めることによって、法科大学院の生き残りを図っていくことが予想され、このことは総務省においても認識されているところである。即ち、2012(平成24)年4月総務省「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価書」(以下、「評価書」という)では、「これまで行われてきた定員削減については、未修者のみの削減や未修者の削減率が大きくなっており、(多様性の確保を目的とした)法科大学院の制度設計に反することのないよう注意が必要。」と述べられている(評価書52頁)。
2 提言案1(3)について
(1)提言案の内容
 法科大学院教育の質の向上のため、提言案1(1)(統廃合、削減) に加え、以下のような提言をしている。
 ① 法律基本科目の年間履修単位数の上限について緩和
 ② 実務基礎科目郡の必要単位数を12単位に増加
 ③ 法律基本科目について、文書作成指導の充実
 ④ 弁護士実務家教員の法科大学院運営関与の実質化
 ⑤ 適性試験に関し、大学院成績との相関性検証に必要な情報の開示
 ⑥ 適性試験に関する足きり(適性試験の入学最低基準点の設定)
 ⑦ 未修者の進級判定厳格化
(2)問題点
ア 上記①、②について
 司法制度改革審議会意見書第2の2項「法科大学院」のエ「教育内容及び教育方法」において、法科大学院では、法理論教育を中心としつつ、実務教育の導入部分をも合わせ実施することとし、実務との架橋を強く意識した教育を行うべきである、とされている。
 しかるに、現状は、実務との架橋を強く意識した教育とはほど遠いものとなっているという指摘がある。また実務との架橋を強く意識した教育を行うとしても、基礎的な法律的知識が不足している法科大学院生を相手にする場合にはその教育効果が上げられないという指摘もある。
 従来の旧司法試験制度下において、前期の司法修習は、法理論の学習をしてきた司法試験合格者に対し、実務の基礎を学習させ、分野別実務修習での修習効果を高める架橋的役割を果たしていた。しかし、現状の法曹養成制度の実態は、理論と実務を架橋する前期修習に相当する学習が提供されておらず、或いは極めて乏しい状況にある。
 こういった状況を前提に、そもそも、民事、刑事実務の基礎の学習をするためには、ある程度レベルの高い民事実体法、民事訴訟法、刑事実体法、刑事訴訟法などに関する知識と理解が必要である。これら理論教育を受け理解をした後に、その積み上げ的な教育として実務基礎教育が行われることによって、十分な効果が発揮されるものである。提言のように実務科目の割合を増やすことは、法律基礎科目の割合を相対的に減じることになり、かえって、法科大学院生の学習に悪影響を及ぼす虞れすらある。したがって、かかる提言は、改善案と言うよりますます法曹としての質を維持出来なくすることにつながると言わざるを得ない。
イ 上記③以降の多くの項目が大学の自治と自主性に対する干渉であり、教育の自由に対する侵害となっている。
 すなわち、③で「法律基本科目についても……文書作成指導が積極的に行われるようにすること」を提唱しているが、そのようなことは教員の教育権に関わることであり、基本的に教員の自主的な判断に委ねられるべき問題である。日弁連は、従前、法律基本科目における文書作成指導を予備校における答練と同視し、法務研究財団も文書作成指導に熱心な法科大学院を認証評価において不適合とするなどの措置をとってきた経緯が存する。ところが、今度は文書作成指導に熱心でない法科大学院を不適合にすることになりかねず、矛盾した施策と受け取られても仕方のないところである。
 ⑤の適性試験に関する情報開示の義務づけ、⑥の適性試験における入学最低基準点の設定なども、大学の自治に対する干渉である。特に、適性試験の成績が法律学の履修能力とほとんど関連性を有しないことは、法科大学院関係者の間ではほぼ常識となっている。適性試験で一定得点以上の点数をとらないと法科大学院に入学できないといった措置をとることは、その必要がないばかりか、むしろ有害なことですらある。⑦の進級判定の厳格化を求めることも、教育の自由に対する強い干渉であると言わなければならない。すなわち、成績判定、進級・修了判定は、基本的に教員の教育権に属する事柄である。
3 提言案1(4)について
(1)提言案の内容
 法科大学院修了までの経済的負担軽減のための措置として
 ① 統廃合促進を前提に、各法科大学院に対する財政支援増加
 ② 「返還免除制度」拡大、給付制奨学金制度
 ③ 学部の早期卒業(3年卒業)
(2)問題点
 確かに、学生の経済的負担を軽減するための予算措置を講ずること自体は、望ましいことである。しかしながら、司法修習生に対する給費制の問題を念頭におくと、司法試験に合格するかどうか分からない段階で、国が法科大学院及び大学院生のために、今後も100億円を超える規模の多額の金額を投入し続けることには疑問があると言わねばならない。
4 提言案1(5)について
 法科大学院に対し、入学者選抜、教育内容、進級・修了認定、修了者の進路等の情報開示を義務づけることを提言しているが、各種情報開示の義務づけも、大学の自治に対する干渉であると言わざるを得ない。
5 提言2について
(1)司法試験をあるべき法科大学院教育を踏まえたものに改善するための措置として、提言案は以下のとおりである。
 (1) 短答式試験科目の削減、出題範囲の限定、出題内容の基本的事項への限定、司法試験法第2条第2項の合否判定制度の見直し、短答式と論文式との配点比率の見直し
 (2) 論文式試験における論点数と回答すべき分量の大幅削減
 (3) 合否判定について外部からの検証が可能となるような情報開示
 (4) 受験回数制限を、当面の間5年5回
(2)問題点
 司法試験合格者の質の低下が指摘されているにもかかわらず、これをさらにやさしい試験に変えるというようなことは、事態の解決につながらないばかりか、逆行することにもなる。したがって、基本的には賛成できない。
 (1)は、「短答式試験の現状が、法科大学院教育のあり方や法曹の多様性確保に悪影響を与えている」としているが、そのような事実は立証されていない。提言案は「出題内容の基本的事項への限定」を提唱しているが、すでに基本的事項に関する出題が多く良問であるとの評価がかなりなされているところである。
 そもそも法曹にとっては、基本法に関する満遍のない知識が必要である。論文式試験だけにすると、重要な論点に学習が偏り、論点ではない部分の条文に関する知識がおろそかになりかねないという問題がある。したがって、短答式試験は、法曹として必要不可欠な基本的知識を試すために積極的な意義のある試験と位置づけられるべきである。こうした意味において、短答式試験の「科目の削減」や「出題範囲の限定」は行うべきでない。
 (2)は、論文式試験において論点の数を大幅に減らすことを提唱しているが、これも問題である。論点の数を大幅に減らせば、受験者にとっては「当たり外れ」が大きくなる。すなわち、全体として理解が遅れている受験生も、たまたまよく勉強したところが出題されれば、好成績を収めることができることがあるし、逆に優秀な受験生にとっても、たまたま不得手なところが出題されれば、不幸な結果になってしまうこともあり得る。試験は、できる限りそのような偶然性に左右されることがないような問題にするべきである。
 (3)は、すでに民法等の「採点実感」において、「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」の各レベルに相当する答案はどのようなものであるかが開示されている。しかし、それは、どの論点が書けていれば「良好」と言えるという程度の話であり、あまり実質的な参考になるようなものではない。このような形式的なことで、「合否判定の結果について外部からの検証が可能になる」ものではない。
 (4)は、「司法試験の受験回数制限を当面の間5年5回等に緩和すること」を提唱するものであるが、極めて問題である。まず、「5年5回」に緩和するのではなく、受験回数制限は完全に撤廃するべきである。受験生の意思に反して行われる回数制限には合理的な理由を見いだすことはできない。法科大学院生の精神的不安に最も大きな影響を与えているのが、この受験回数制限であるとも指摘されている。したがって、その一刻も早い撤廃を目指すべきである。
第5 当会の意見
1 既に述べたように、本件提言案は、現状の法曹志願者の激減という極めて深刻な問題点に目をそむけたものであって、改善策としての体をなしていない。そのうえ、大学の自治等に介入する虞のある内容になっており、日弁連の見識が問われかねない。
 したがって、当会は提言案に反対せざるを得ない。
2 しかし、ここで立ち止まることはできない。日弁連の提言案は法曹志願者の激減という事態に対処するために、法科大学院制度の改善を提言したのである。当会もかような深刻な事態に対する対応策について意見を述べなければならない。
3 すでに述べたように現在発生している問題点は、現行法科大学院制度の基本的構造に由来するものである。
 現在、法曹界とりわけ弁護士の世界は、司法修習生の就職難が顕在化している。そして、法科大学院に通うことは、それ自体に伴う経済的な負担(すなわち、学費、多くの学生が現実にダブルスクールとして通っている予備校の学費、在学中及び合格までの生活費の負担など)や長期間にわたる時間的な負担が伴うことは既に指摘したとおりである。
 こういった状況下で、多額の借金を負ってまで、経済的にも希望が持てない法曹界に入ろうとする者が減少するのは至極当然のことである。また、経済的負担には耐えうるけれども時間的負担に耐えられない人も多くいることが想像される。法曹を志す者にこのような経済的・時間的負担を強い、そしてそれをこれからも強い続けるのは、法曹を志望しようと考えている社会人や学費や生活費の経済的負担に耐えられない人にとっては、現行制度が法曹への道を断念せよと言うに等しい。すなわち、経済的、時間的理由から有為な人材が法曹への道を断念せざるをえない制度は不公平、不平等であり、これを許容し続けることは不正義であると言わざるをえない。
 司法試験の受験資格を得るためには、法科大学院課程の修了が条件となっており、それが志願者減少の主たる原因である。
 現在、日弁連は直ちに1500人にまで司法試験合格者を削減するよう舵を切ったばかりであり、直ちに司法修習生の就職難を克服できるわけではないし、弁護士の経済的事情も特に魅力的なものになる見通しは全くない。
 しかし、私たちはこの現状下でもなお有為で多様な法曹志願者を確保しなければならない。そのためには法曹志願者の法科大学院課程を修了することに伴う経済的負担及び時間的負担を軽減する必要があり、当会はその施策として、法科大学院課程修了を司法試験の受験資格から外すべきことを提言するものである。
 このように制度を変更することにより、いつでも誰でも自由に受験することが可能となり、有為で多様な人材が法曹を志願することができ、かつ開放的で実力本位の司法試験が実施されることになる。
 このような制度であれば、法科大学院の定員を削減する必要もなくなる。また、法科大学院に進学するかどうかも学生が自由に判断することができるようになり、現在のような過酷な経済的・時間的・精神的負担から解放されることになる。
 したがって、法曹志願者数が回復することは容易に予測できる。
 この点について、当会は、全会員1551人に対しアンケート調査を実施した。回答者数409人(旧司法試験合格者260人、新司法試験合格者60期以後145人)回答率26.4%であった。このアンケートのうち、法科大学院の修了を司法試験の受験資格としていることについて、反対が57.4%であり、賛成が26.1%であった。なお、新司法試験合格者は、賛成が49.3%であるが、反対25.0%と分からない22.9%を合わせると47.9%の者が、賛成と回答していない状況である。
 このアンケート結果から、当会会員の過半数が、法科大学院課程修了を司法試験の受験資格から外すべきである、と考えていることが推定される。
4 この当会の意見に対して、法科大学院が成り立たなくなってしまうのではないかとの疑問もある。しかし、法科大学院は質の高い法曹を養成し、法の支配を通じて国民の幸福と利益を実現するために存在している。法科大学院のために法曹養成があるのではない。全ての制度を法科大学院存立のために設計するというのは本末転倒であると言わなければならない。
5 しかも、この当会の意見が実現されることになったとしても、法科大学院が直ちに消滅することにはならない。法科大学院が真の意味で「点から線へ」の教育がなされ、理想的な法曹養成教育を行えば、法科大学院の知名度を上げ、自ずと学生は集まってくるはずである。司法試験を単なる受験テクニックだけでは合格しにくいものにし、法科大学院で理想的な法曹養成教育を行って、予備校ではなく法科大学院を卒業した人の方がよく司法試験に合格するようにすることこそが本来の法科大学院のとるべき途ではないか。
6 この当会の意見から、法科大学院課程修了ルートによる司法試験合格者と非法科大学院課程修了ルートによる司法試験合格者が存在することになり、両合格者については、共通に司法修習が行われるべきである。
 現行法科大学院在学生等を含む司法試験受験生に対し、制度改変による不利益が生じるとすれば、しかるべき配慮を検討するべきである。

  愛知県弁護士会の健全性には頭が下がる。大規模会でありながらこのような正論が会の意見になるというのは驚きだ。風通しの良さと民主的な会務運営が維持されているのだろう。仙台弁護士会ではこのような意見はまず通らない。日弁連に逆らう不届き者として非国民扱いされるのがおちだ。
  司法試験合格者数見直しについても愛知県弁護士会が先鞭を付け、地方単位会・弁連がそれに続き、最後に日弁連もしぶしぶ追従した。法曹養成問題についても同様の展開を期待したい。
      

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2012年6月14日 (木)

86%が定員割れ=12年度法科大学院入学者-文科省 惨状という以外言葉が見当たらない

リンク: 時事ドットコム:86%が定員割れ=12年度法科大学院入学者-文科省.

  全国の法科大学院73校の2012年度入学者のうち、86%に当たる63校で定員を下回ったことが14日、文部科学省のまとめで分かった。定員割れは前年度より4校増加し、35校は定員充足率が50%未満だった。
  定員充足率が最も低かったのは神戸学院大(神戸市)の6%で、定員35人に対して入学者は2人だった。東北学院大(仙台市)が7%、駿河台大(東京都)が10%で続き、国立大で最も低かったのは新潟大(新潟市)の14%だった。
  全校の定員は前年度比87人減の4484人。入学者数は同470人減の3150人で、ピークだった06年度の54%に落ち込んだ。入試は受験者数1万6519人に対し合格者数は6522人で、競争倍率は2.53倍。文科省の補助金削減基準の一つである「2倍未満」は13校だった。

  惨状という以外言葉が見当たらない。法科大学院の半分が定員充足率50%未満では法科大学院は制度として崩壊しているといってよいだろう。もはや法科大学院は学生から見放されている。しかしそれは法科大学院だけのことではない。法科大学院課程修了が司法試験の受験資格である以上、法科大学院が見放されているのではなく法曹界が学生から見放されつつあるのだ。
  ちなみに複数の法科大学院を受験して合格している者が相当数いるので、競争倍率は2.53倍は大嘘。実受験者数は約6000人だから実際の競争倍率は1.9倍だ。過去の実受験者数と入学者数の推移を見れば今後さらに落ち込んでいくことは確実だ。過去の統計の減少率からするとあと数年で入学者数は2000人を切る。(いずれなくなる既卒滞留者)を捨象すると、全員が司法試験に合格することになる。そんなものが国家試験と言えるのか。しかも優秀な学生は企業や公務員試験に流れるだろうから、その2000人の学生の質は、総体的には過去とは比べものにならない位低下しているはずだ。
  裁判所や検察庁は合格者の上から300番以内しか採用しないから大丈夫とたかを括っていたかも知れないが、そんな悠長なことは言っていられない。法曹の質の維持を真剣に考えるべきだ。増員論者は質の悪い者は競争によって排除されるから大丈夫だと言っていたが、質の悪い者同士が競争したところで仕方があるまい。
  かつて高山俊吉氏は大増員に際して「日弁連は沈みゆく船だ」と言ったと聞くが、今や法曹界全体が沈みゆく船だ。大増員による困窮化だけなら貧乏に耐えればよい話だが、有為な人材が集まらなくなってはどうしようもない。法曹志望者の減少に歯止めをかけるには、法科大学院課程修了を司法試験の受験資格からはずすことでせめて学生の経済的負担を除いてやるほか途はないだろう。まだ遅くはない。
  それにしても大増員と法科大学院を推進した日弁連と学者達は本当に罪深い。彼ら増員村の住人達は今なお罪を自覚せず、誰も責任をとろうとしない。あたかも原発事故を起こしても誰も責任をとろうとしない原子力村のようだ。

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2012年6月12日 (火)

地方自治体が弁護士資格者を任期付職員として採用することにメリットはあるか

  前の記事で「弁護士を職員として採用すれば、市民向けの法律相談を自前でやれるし、顧問弁護士も不要、訴訟や執行も個別に弁護士に委任しなくてよくなる。ある程度規模の大きな自治体なら経費節減という意味ではこちらのほうがメリットは大きいだろう。」と書いたが、認識を誤っていたようだ。

  まず、任期付職員で採用されるような弁護士は若手が多いため、単独で訴訟を委ねられるだけの能力と経験に欠ける場合が多い。となると顧問弁護士は従前通り確保する必要があるし、訴訟についても多くは従来どおり顧問弁護士に委任することになる。一般的な自治体における訴訟件数は知れているから、顧問料と訴訟報酬を合わせても、弁護士1人分の人件費を下回りそうだ。

  さらに市民向けの法律相談についても、任期付職員としての弁護士有資格者はしょせんは市の職員であるから、市民は、行政の対応に対する不満などの行政相手の相談はしにくくなるだろう。たとえば、生活保護受給者が「自分にも収入がある子がいるが、ろくに子育てしていなかったから仲が疎遠になっている。この場合も申告しないといけないのだろうか?」といった質問をしようにも、行政職員が相手では質問しにくいだろう。また任期付き職員としての弁護士には行政職員として上司に対する業務報告義務があるので、相談内容如何では弁護士としての守秘義務と職員としての報告義務が衝突する場合も考えられる。任期付き職員が市民向けの法律相談を行うことができるかについては疑問がある。

  コンプライアンスの点でも、任期付職員は所詮「政治的任用」としての性格が強いので市長の機嫌を損なえば、あっさりと切られてしまう。その意味では、市長の顔色を気にしなければならずそうした立場では、市長の違法行為を止めることはなかなか難しいだろう。

  弁護士資格者が任期付職員として採用されることについては、自治体職員はやはり「反感」を持つだろう。リストラにより職員数が減少し、給与も削られている中で、若造が課長待遇で突然入ってくるのであるからそう思うのも致し方ない。むしろ士気を削ぐことになりかねない。さらに法律相談の充実という点でも、自治体職員からすれば他の福祉施策などを削っているなかで、市民法律相談を充実させることが市民の意向に沿うものなのかとの疑問も生じるだろう。
  結論としては、規模の大きな自治体が、よほど行政訴訟に長けた弁護士を職員にして訴訟業務を一手に引き受けてもらうのでもない限りコストの面からも弁護士の任用は割に合わない、むしろ一般職員の士気を削ぐ点で有害と言えそうだ。日弁連も弁政連も弁護士の職域拡大にやっきになっているようだが、一方で隣接士業の職域拡大反対を唱えながら、他方で他人の職域を荒らすようなことはやめたほうがよい。そもそも弁護士がその能力を発揮しうるのは訴訟制度を駆使した場合であって、それ以外の場面で自らの能力を過大評価すべきではない。弁護士を登用すれば企業や地方自治体のコンプライアンスが向上するなどというのは思い上がりだ。一般社会において企業や自治体職員が弁護士有資格者に高い評価を与えていないことを肝に銘じるべきだと思う。

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2012年6月 9日 (土)

明石市:弁護士会費を公費負担、今春採用の有資格者に - 人口29万人の明石市が弁護士を7人も採用するとは

リンク: 明石市:弁護士会費を公費負担、今春採用の有資格者に 地方自治体で異例 /兵庫 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース.

 明石市が今春採用した弁護士資格を持った任期付き職員について、所属する弁護士会の会費を市が公費で負担していることが7日、分かった。現在、登録手続き中の2人を含めた5人分の会費は月額19万5000円に上る。他の地方自治体では自己負担が一般的だが、同市は「弁護士の調査権も使って職務している」との理由で異例の公費負担としている。地方分権に対応し、弁護士を任期付き職員として採用する自治体が増える中、会費負担のあり方や業務内容が議論になりそうだ。【南良靖雄、石川貴教】
 市によると、職員のコンプライアンス(法令順守)の徹底や市民法律相談などの拡充を目的に、4月に4人(うち司法修習生1人)、5月に1人を採用。「弁護士として採用し、弁護士会登録がなければ業務に制約が生じる」と公費負担が必要と判断し、4、5月に3人分の会費(計約20万円)を支払った。残る2人分も登録が終わり次第、支払う。
 泉房穂市長は記者会見で「弁護士として採用した以上、個人負担はありえない」と説明。県弁護士会などに弁護士職員の会費免除を要請していることを明らかにして「市民の雇った弁護士が市民のために働いている。公費負担は納得していただけると思う」と主張した。児童虐待への対応などの職務を強化する市の方針から、来年度にも新たに2人を採用する予定。
 一方、弁護士資格のある職員を採用した富山市など少なくとも12の自治体が、弁護士会費を負担していないことが毎日新聞の取材で分かった。千葉県流山市は「弁護士登録は公務に関係ないので、会費は本人に負担してもらっている」と説明する。また東京都は、弁護士の登録抹消まで求めていた。都の担当者は「弁護士登録をしていると『公務に専念していないのでは』と疑念を持たれる可能性もある」と述べた。

  人口29万人の明石市が弁護士を7人も採用するとは凄い。増員論者は涙を流して喜んでいることだろう。人口比で考えると仙台市なら弁護士を24人採用できることになる。ただ明石市は市長が弁護士という特殊な事情がある。このような大量採用が全国に広がるとは思えないが徐々に増えてはいくだろう。
  一般に地方自治体は、市民向けの法律相談は弁護士会に委託し、相談先として顧問弁護士を確保しておき個別の訴訟についてはその都度委任している。これだと結構な額の委託料や弁護士費用を支払うことになる。弁護士を職員として採用すれば、市民向けの法律相談を自前でやれるし、顧問弁護士も不要、訴訟や執行も個別に弁護士に委任しなくてよくなる。小規模の自治体でも複数の自治体で公共事務組合を作れば可能だろう。 もっとも弁護士会にとっては法律相談の受託収入を失う結果になる。一般の弁護士も相談が減るし、顧問先も自治体からの事件の依頼もなくなる。法曹有資格者の職域が拡大するのも痛し痒しというところか。
  明石市の募集要項
http://www.city.akashi.lg.jp/soumu/jinji_ka/h_saiyou/documents/boshuuyoukoubengosi.pdf#search='
によると待遇は、
  実務経験司法修習生~3年未満は、役職係長級、給料月額約38万円、年収約700万円
  3年以上7年未満は、課長級、月給約41万円、年収約840万円
   7年以上は次長級、月給約44万円、年収 約910万
  とされている。将来を考えると、弁護士やっているよりよっぽどよいかもしれない。 
  弁護士会費の公費負担については、地方公務員法で地方公務員は任命権者の許可がないと副業はできないとされている。自治体業務以外の個人事件が許可されるとは思えないし、弁護士資格が無くとも指定代理人として訴訟行為はできるので弁護士登録する必要性はない。従って弁護士会費を公費で負担する合理性はないだろう。もっとも裁判所は自治体の財政支出に広範な裁量権を認めるので違法とはされないだろうが。

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2012年6月 3日 (日)

河北新報 コルネット 社説 原子力委員会/回復不可能の腐食ぶりだ 民主党政権は原子力委員会の廃止も検討すべきだ

リンク: 河北新報 コルネット 社説 原子力委員会/回復不可能の腐食ぶりだ.

 どう言いつくろっても、もはや全く信用されない。この国の原子力行政は結局、ムラの仲間内で決めていたのではないか。
 原子力開発の根幹とも言うべき核燃料サイクル政策について議論していた原子力委員会が、決定前の報告書原案を電力業界などとの「勉強会」に示していたことが発覚した。そればかりか、サイクル政策推進に沿った内容に変更したことも指摘されている。
 内容を変えたかどうかはともかく、部外者へ事前に示しただけで十分に非難に値する。福島第1原発事故によって原子力開発への反省が迫られ、今後のあり方を必死に模索することが求められる今になってもなお、原子力ムラの思考と体質に染まりきっているとしか思えない。
 原子力政策を議論する資格をとうに失っており、メンバーの入れ替えなどでは済まされない。民主党政権は原子力委員会の廃止も検討すべきだ。
 本気で議論をする気なら、全く別の組織をつくって、原子力のあしき体質に染まっていない人たちを集めればいい。そうしない限り、原子力政策を立案しても信頼を得られない。
 原子力委員会による核燃料サイクルの「勉強会」なるものは昨年11月からことし4月まで、23回も開かれたという。電気事業連合会や日本原燃、資源エネルギー庁などから参加者が集まった。電事連は電力各社による組織。原燃も電力各社が出資して設立され、青森県六ケ所村で使用済み核燃料再処理工場を運営している。
 核燃サイクルは原子力見直しの議論の中でも最重要課題だ。特に再処理工場は中核施設であり、その成り行きは原子力の将来に重大な影響をもたらす。
 再処理を続けるべきかどうか議論しているさなか、操業継続を望むのが当たり前の当事者に検討中の「生情報」を提供していたわけだ。国民のために公正な議論をする気は、最初からなかったのではないか。
 さらに最初の4回の「勉強会」には、原子力委員会トップの近藤駿介委員長も出ていたというから、自ら職責を放り投げているようなものだ。
 原子力委員会は「原子力開発の基本方針策定」や「原子力関係経費の配分計画策定」などの重要な権限を持っている。
 原子力基本法によって「原子力行政の民主的な運営」のために設置されたのに、事務局に電力各社や原子力関連機器メーカーなどの社員も受け入れていた。組織がいつの間にか民と官による原子力ムラと化し、ムラのための便利な組織になっていたのではないか。
 空前の被害をもたらした福島第1原発事故をめぐって、原子力委員会や原子力安全委員会、経済産業省の原子力安全・保安院はその役割を果たしただろうか。被災者側からみれば、全く力量不足だった。
 その反省もないまま、この体たらくだ。存在意義が問われるどころか、存在そのものが疑われる事態だ。

  時宜を得たすばらしい社説だ。毎日がスクープしたせいもあろうがこの問題についての毎日以外の全国紙の扱いは小さい。読売に至っては5月27日の社説で「核燃勉強会原子力委の情報収集は必要だ」と銘打って秘密勉強会を全面的に擁護している。朝日も原子力村に遠慮がちだ。このような中で健全な地方紙が存在することは日本の民主主義にとって大切なことだと思う。
  ところで女川原発は3.11震災で緊急停止したままだ。津波の直撃を免れたにもかかわらず、本震はおろか余震ですら外部電源が1回線しか生き残らなかった。非常電源の一部も失われ、全電源喪失の一歩手前だった。女川原発が福島第一原発のような事故に至らなかったのは正に偶然の所産だ。もう少し揺れが大きければ、あと1.5メートル津波が高ければ確実にメルトダウンが起きていただろう。現在稼働していないといっても、使用済み核燃料を含めて膨大な核燃料が存在している。稼働中であろうが停止中であろうが電源が失われて冷却できなくなればメルトダウンは起きる(その意味では再稼働させるかどうかは本質的な問題ではない)。大広告主である東北電力の機嫌を損じたくはないであろうが、河北新報には地元紙として3.11で女川原発に何が起きたのか、現在安全性は確保されているのかについてきちんとした検証記事を書いて欲しい。

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