産科医療補償制度掛け金の剰余金800億円以上 分娩機関など返還を申し立てへ
リンク: 「産科医療補償」掛け金の返還を 分娩機関など申し立てへ (産経新聞) - Yahoo!ニュース.
お産の際の予期せぬ事故を補償するため、産科医院などの分娩機関が掛け金を支払う「産科医療補償制度」をめぐり、全国の分娩機関28カ所と1041人の妊産婦が、制度を運営する日本医療機能評価機構に掛け金の一部返還を求めADR(裁判外紛争解決手続き)を申し立てることが16日、分かった。同制度の補償件数が当初予測を大幅に下回り、多額の掛け金が余っているとみられるためで、来週にも国民生活センターに仲介を申し立てる。
ADRの申請を担当する井上清成弁護士によると、制度は1年間の補償対象を500~800人と見積もっている。分娩機関は1分娩につき3万円の掛け金を支払っているが、この額は最大の800人分の補償額(約240億円)を元に算出。実際には年間200人分(約60億円)以下で推移しているため、平成21年の制度開始以来、余剰は800億円以上に積み上がっているとみている。
ただ、掛け金は分娩機関が負担する構図ではない。分娩機関が支払う掛け金は多くの場合、分娩費に上乗せされ、妊産婦が支払っており、妊産婦には健康保険などから受け取る出産育児一時金によって3万円分が充当されている。
余剰金を精算する仕組みがない欠陥は、産科医療保障制度を作る時から指摘されていたが結局何ら手当てされないままに発足してしまった。保険会社も運営主体の公益財団法人日本医療機能評価機構も手数料を取得しているので、それ以上に剰余金を丸儲けさせる必要性も合理性もない。しかし実際には剰余金は保険会社と日本医療機能評価機構の収入となっているようだ。
従って今回の返還請求は当然だと思う。ただ法律的な理屈は厳しい。保険料は、制度を運営する日本医療機能評価機構と保険会社との保険契約で決められているが、保険契約に精算条項がない以上保険会社に返還義務は生じない。分娩機関と日本医療機能評価機構の間にも加入契約があるわけだが精算条項がなければ返還義務は生じない。
3万円の保険の掛け金は分娩費に上乗せされて妊産婦が負担するが、後日健康保険の出産育児一時金で補填される。結局国民の健康保険料(相当部分は税金)によって賄われた800億円もの剰余金が保険会社と日本医療機能評価機構の利益になってしまっている。これほど不当な制度はないだろう。早急な制度の見直しが必要だ。必要なら遡って剰余金を返還させる特別立法も考えるべきだ。
しかしより根本的な問題は補償対象が極めて限定されていることだ。現在の基準は、出生時の状態が以下のいずれかであることとされている。
1. 出生体重が2,000g以上かつ在胎週数が33週以上
2. 在胎週数が28週以上でかつ次の(1)または(2)に該当すること
(1)低酸素状態が持続して臍帯動脈血中の代謝性アシドーシス(酸性血症)の所見が認められる場合(pH値が7.1未満)
(2)胎児心拍モニターにおいて特に異常のなかった症例で、通常、前兆となるような低酸素状況が前置胎盤、常位胎盤早期剥離、子宮破裂、子癇、臍帯脱出等によって起こり、引き続き、次のイからハまでのいずれかの胎児心拍数パターンが認められ、かつ、心拍数基線細変動の消失が認められる場合
イ 突発性で持続する徐脈
ロ 子宮収縮の50%以上に出現する遅発一過性徐脈
ハ 子宮収縮の50%以上に出現する変動一過性徐脈
さらに身体障害者障害程度等級の1級または2級に相当すると重度の脳性麻痺であることが要件だ。
しかしこの基準はあまりに厳しすぎる。臍帯動脈血のpH値が7.1以上でも重度の脳性麻痺は起こり得る。「子宮収縮の50%以上に出現する遅発一過性徐脈、子宮収縮の50%以上に出現する変動一過性徐脈かつ心拍数基線細変動の消失が認められる場合」というのは誰が見ても急速遂娩が必要と判断する最重症の低酸素血症の状態だ。そのような状態に至らなくとも重度の脳性麻痺は起こりえる。実際子どもが脳性麻痺で生まれながら、この基準を満たさないために補償の申請を断念している産婦はたくさんいる。800億円あれば、どれだけ脳性麻痺の子どもを抱えて苦しんでいる母親が救われるだろう。
厚生労働省は、本制度について「産科医療の質の向上が図られ、安心して赤ちゃんを産める環境が整備されることを目指しています」と宣伝している。しかしこのような厳しすぎる基準で脳性麻痺の被害者の救済を制限しながら、800億円以上の余剰金が全て日本医療機能評価機構と保険会社の利益になっているという運営は明らかに産科医療保障制度の趣旨に反する。制度を作った産科医達の意思にも反するだろう。早急に補償基準を見直して補償対象を広げるべきだ。
もっとも制度を運営する公益財団法人日本医療機能評価機構は、補償対象の見直しなどは2015年に行うなどとふざけたことを言っている。