交通事故紛争処理センターでは一部請求についての和解あっせんはしないそうだ
財団法人交通事故紛争処理センターという機関がある。全ての都道府県にあるわけではなく高裁所在地にある。仙台支部では仙台弁護士会が推薦する会員が相談員及び審査員になるのが通例だ。私も過去に6年間相談員を務めた経験がある。私の場合は後遺症の等級を争うといった困難な事件が多いのであまり交通事故紛争処理センターは利用しないのだが、最近和解あっせんを申し込んだケースがある。
交通事故の治療費については、医療機関が直接保険会社に請求し、保険会社は直接医療機関に支払うのが通常だ。示談前の仮払いというものだ。ところで交通事故の示談交渉では、保険会社は、被害者から、保険会社が医療機関から診療情報提供を受けることについての同意書を取得する。医師は守秘義務があるので保険会社は被害者の同意がなければ診療情報の提供を受けることができないからだ。診療情報の提供がないと保険会社は後遺障害等級の事前認定の資料も入手できないことになるので、同意書をとる必要性はある。しかし保険会社の中にはいかにも誘導的な質問項目による医療照会を行って、後遺障害の認定に不利な材料を揃えようとするところもある。だから私の場合は同意書は出さないし、既に受任前に依頼者が出している場合は撤回する。弁護士になりたての頃研修でそう教わったのでみんなそうしているものだと思っていた(実際はそうでもないらしい)。
今回は最初から私が受任したんで保険会社に同意書は出せないと伝えた。すると保険会社は、「だったら治療費の仮払いはできない」と言ってきた。必要な診療情報はこちらで病院から入手して保険会社に提出すると言っても、「同意書を出さない被害者には治療費の仮払いはしないのが会社の方針」の一点張りで埒があかない。病院に事情を話したところ、後で確実にもらえるものなので治療費の支払いはしばらく猶予してもらえることになった。
症状が固定し治療も終了したので保険会社に治療費を支払うよう請求したらまた「同意書を出さない被害者には治療費の支払はできない」と言われた。治療費の金額は確定しており、過失相殺も問題にならない事案なので、保険会社が支払を拒む理由はない。治療内容を確認するのに必要なレセプトも提出したが保険会社の回答は変わらなかった。嫌がらせ以外の何ものでもない。 この案件は後遺障害等級認定も必要な事案でそれについてはまだ結論が出ていないのだが、だからといって治療費についての一部請求ができない理由はない。
一部請求で提訴しようと思ったが、交通事故情報センターの和解あっせんの方が無料だし早いだろうと思って申込をした。保険会社は、センターの和解あっせんの席でも同じことを繰り返すだけで支払に応じようとしない。仕方がないので審査の申立をするために、相談担当者にあっせん案を提示した上で和解あっせんを終了するようにいった。するとびっくり、相談担当者は「センターでは一部請求についての示談あっせんはしない運用だから和解あっせん案は出せない。和解あっせんを停止する。」と言ってきた。審査の申し立ては和解あっせん終了が要件なので、終了でなく停止されると審査の申し立てもできない。
たしかにセンターの利用規定には、「相談担当者は、和解あっ旋を開始した後に、次の停止事由があることが判明したときは、和解あっ旋を停止することができます。① 申立人が治療中である場合、② 申立人申請にかかる後遺障害等級認定手続が進行中である場合、③ 申立人による後遺障害等級認定に対する異議申立手続が進行中である場合、④ 後遺障害等級認定について、申立人による自賠責保険・共済紛争処理機構に対する調停(紛争処理)申立手続が進行中である場合、⑤ 申立人が②~④の申立をする旨の意向を相談担当者へ申し出た場合、⑥ その他和解あっ旋を進めることが困難であると認められる場合」と書いてある。しかし停止事由から明らかなようにこれらは損害額の確定ができない場合だ。今回私が和解あっせんを求めているのは損害額が確定している治療費部分のみである。裁判所は一部請求だって当然に審理判決する。示談交渉でも損害の一部についてのみ示談することは可能だし実際行っている。センターの利用規定を見ても一部請求は取り扱わないという規定はない。
実際過去に私が相談担当者だった時は後遺症による損害以外の部分について和解あっせん案を出して和解を成立させたことがある。後遺障害についてはセンターも事前認定の結果に拘束されるので全体の解決はできない。しかしだからといって被害回復が全くなされないというのは不当である。後遺障害については裁判で決着をつけることを前提に、それ以外の損害について和解を成立させる必要性も合理性もあったからだ。そのような和解あっせんが許されないなどという話しは当時聞いたことがなかった。いつからそんな運用に変わったのだろう。
今回の保険会社の治療費支払い拒否は同意書を提出しなかったことに対する嫌がらせであることは疑いない。それが分かっていながら保険会社の違法な対応を許容するセンターの姿勢は理解しがたい。被害者は、現に病院から保険会社が支払わないなら自分で払って欲しいと多額の治療費を請求されて困っている。納得できないので、「金額が確定している一部請求についてセンターが取り扱わない理由はない。治療費部分について和解あっせん停止事由もないのに停止したのは手続きに違反しており和解あっせん終了とみなされる」との理由で審査の申し立てを行った。するとセンターは審査申立はできませんという文書と共に審査申立書をそのまま返送してきた。なんと大人げない対応かとあきれてしまうが、これ以上馬鹿を相手にしても仕方がないので提訴した。もちろん訴状は受理され現在審理中である。
6年間も相談担当をしたのでセンターには愛着もあるし信頼もしていたのでとても残念な対応だ。法律扶助協会が日本司法支援センターになって法律扶助業務は官僚化したが(独立行政法人になったのだから当たり前か)、どんな組織も官僚化は進むものらしい。